鹿野 淳×柴 那典スペシャル対談 2013「新しい時代の幕開け」となった2013年の音楽シーンを振り返る特別対談

いよいよ音楽が新しい進化を遂げ始めた2013年。そんな一年、果たして音楽シーンはどんな動きを見せたのか? メディア環境とマーケットの変化、テクノロジーの進化、ライヴの現場に生まれた新しい潮流、アイドルやボーカロイドやロックバンドなど、それぞれのシーンの展望まで――。「2010年代の音楽シーンが始まった」2013年と、その先にある音楽の未来を語り合います。

鹿野 淳×柴 那典

2013年は音楽が独自の進化を遂げ始めた年

鹿野
さて、今年1年の音楽シーンを振り返る対談をやりましょう。
よろしくお願いします!
鹿野
まず全体的な話から行くと、この対談は2011年から始まって、今回で3度目になっているわけだよね。つまり2011年に東日本大震災が起こってから3度目になっている。もちろん震災が全てはないんだけれども、音楽は時代を写す鏡であるから、今までは震災の影響、それに対してポップミュージックがどういう動きをしていったかというのが主題の背景にあった。
2011年、2012年はまさにそうでした。
鹿野
で、これは震災を忘れたとか忘れてないという話でもないし、復興が完成したかと言えば、まだまだ途上という事実が前提なんだけど、2013年は音楽が独自の進化を遂げ始めた年というイメージがあるんです。だから、総論としては僕は2013年を「2010年代の音楽シーンがようやく始まり、スタート地点となった年」と位置づけていて。
僕も同じ印象ですね。ただ、僕は「2010年代の始まり」という話で言うと、2007年や2008年ごろから新しいシーンの始まりは水面下で準備されてきたと思っているんです。
鹿野
ボーカロイドや地下アイドルの流れはその頃から始まっているし、「踊れるロック」もこの頃からかなり面白がられて来たからね。
そうですね。しかし2011年に震災という大きな出来事と社会の変化があり、当然作り手も聴き手もそこに注目がいった。その一方で進んできた沢山の動きが、今年になっていろんなフィールドで花開いたんじゃないかと思っています。全体的な感触で言えば、2013年はリリースされた作品も豊作だったし、新しい才能も登場してきたし、非常に面白い一年だったんじゃないかな、と。
鹿野
なるほど。僕はもうちょっとフラットに2013年を捉えているかな。独自性は出てきたけれど、今年にいきなり新しい才能が花開いたイメージもないし、豊かだったイメージもなくて。あくまでもこれはまだ「始まり」に過ぎないと思っています。で、今年から2010年代が始まったというのは、音楽性の問題なんだよね。音楽の中身として何を歌うのか、何を鳴らすのかというのが、震災以降というタームではない、それぞれ独自の視点で音楽を作るところに至ったと思っていて。
そうですね。
鹿野
それと、柴が言う2007年や2008年以降というのは、初音ミク以降のボーカロイドシーンもそうだし、アイドルもそうだし、ロックバンドやロックミュージックのあり方の価値観が根底から変わって今に至るということもそうだし、音楽における全ての構造が変わってきてるという話だと思うので。今回はそれを全て語っていこうと思います。
はい、よろしくお願いします。

CDとインターネット、音楽の「役割」の変化

鹿野
まずはCDというマーケットについての話をしていこうと思うんだけれど。
今年の話に入る前に、まず昨年の2012年はCDセールスが14年ぶりに前年比増となった1年でした。で、今年は去年に比べて再びCDの売り上げ枚数は落ちています。
鹿野
そこで言っておかなきゃいけないのは、2012年にCDセールスが増したのは音楽シーン全体がボトムアップされたからではなく、おまけ付きのアイドルのCDが沢山売れたのと、ベスト盤が多発されて、それが売り上げの母数を上げたこと。その二つが最も大きな理由だったというのはちゃんと言わなきゃいけないことだよね。
そうですね。
鹿野
どちらも、CDという市場が終わりゆく過程の上で、今、何をやらなくちゃいけないかを考えて打ち出された必然的なものだった。いろんなアーティストが「今出さないともうベスト盤は出せなくなるだろう」と思ってベスト盤を出したし、握手券も、CDというパッケージの持つ意味やあり方を今の時代なりに解釈して有効活用したものだったし。
それが2012年に起こったことで、だから2013年には再びCDセールスが低下しました。長期的な見通しとして、CDが今後買われなくなっていく流れにあるのは変わらない。配信に関しても、サブスクリプション(定額)型の聴き放題サービスがスタートしましたが、海外大手のSpotifyが日本上陸を果たしていないことも含めて、まだ日本では大々的には広がっていない状況です。
鹿野
僕としては「日本という国があれを本当に望んでるのかな?」という思いもあるんですよ。
というと?
鹿野
聴き放題というのは、音楽を自分のモノにしないという発想で、それは簡単に言うとレンタルビジネスだよね。古臭い話を一つ引用すると、僕の学生時代にレンタルレコードのビジネスが生まれて、それがブームになり、そのビジネスで成功した人がエイベックスというレコード会社を作ったりという時代があったんだよね。そのレンタルレコードビジネスによってレコードの売り上げは下がらなかった。最終的には音楽全体のプロモーションになった。音楽をモノにしていくための、入り口のツールだったわけで。それはあくまでも昔の時代の話で、レコードという「音楽というモノ」が大切にされていた時代の話なんだけど。
今はそれとは違う時代になっていますね。
鹿野
そうだね。今の時代は音楽のプロモーションでしかない。音楽がモノなんだという時代は終わって、いわば音楽が生活のBGM的な付き合い方をしていくようなシステムがサブスクリプションサービスだと思う。で。まだこの国がそれを本当に望んでいる意識を僕は持てない。勿論、音楽を今までも買わなかった人達の話じゃなく、あくまでも音楽を消費していた層の考え方に対するものなんだけど。だからサブスクリプションサービスが本当に必要とされるためには、この国なりに音楽業界が何をしないといけないのか? をちゃんと考えないとダメなんじゃないかと思うんです。
僕はサブスクリプションの仕組みがどうこうとか、日本でサービスが受け入れられるかどうかという論点は、あんまり重要じゃないと思っています。というのは、本質的にはインターネットが音楽のあり方を変えたという話だと思うんです。サブスクリプションが普及するかどうか以前にYouTubeで「無料で聴き放題」という状況はすでに実現しているわけで。公式でアカウントを持っているミュージシャンも多い。
鹿野
そうだよね。いまやレコード会社もマネジメントも、インディーも全員含めて、そこを一番のプロモーションのツールにしている。
スマートフォンというものがこれだけ普及した今、誰でもいつでもどこでも音楽に触れられる状況になった。僕はインターネットって、電気とか自動車とかみたいに、人々の暮らし方とか社会全部を変えちゃうものだと思うんです。そうだとするならば、僕は今起こっていることは、1877年にエジソンが蓄音機を発明してからの、20世紀の100年のパッケージメディアの時代が終わったという変化だと思っていて。
鹿野
音楽のあり方が変わってきたという話だよね。その話に合わせるならば、レコードからCDというものは、家電会社、つまりオーディオを提供する会社が率先して進めてきたモノだからね。
そうですね。僕はiTunesもYouTubeもSoundCloudもサブスクリプションサービスも、基本的には全て「インターネットで音楽を聴く仕組み」だと思っています。インターネットが音楽の役割を変えた。20世紀のパッケージメディアの時代においては、音楽は所有するもの、コレクションするものでした。その100年の時代が終わって、いまや音楽は対価を払って手に入れるものではなく、招待状のように人々に贈られるものになっているんじゃないかと思います。
鹿野
これまで音楽を所有する権利にビジネスとお金が発生していたのが、音楽は人々の生活に情報として自然と供給されるものになってきたということだよね。それは今に始まったことじゃないけれど、インターネットという最大の発明によって、必然的に音楽の価値が変わってきた。それは世界的な流れだし、日本もそういう時代になってきたということで。
その上で、音楽の作り手にちゃんと対価が渡る仕組みは当然あるべきだと思ってます。全てが無料でいいということじゃなく、聴き手が何かしらを音楽から受け取ったなら、それがちゃんと作り手に還元されるシステムは必要だという。そこはこの先きちんと整備されていってほしいと思いますね。

鹿野 淳

1964年東京生まれ。 明治大学卒業後、89年扶桑社入社、翌90年株式会社ロッキング・オン入社。98年より音楽専門誌『BUZZ』、邦楽月刊誌『ROCKIN'ON JAPAN』の編集長を歴任。
04年ロッキング・オン退社後独立し、株式会社FACT設立。06年、編集長としてサッカーを中心としたライフスタイルマガ ジン月刊『STARsoccer』を創刊し、07年3月、同じく編集長として月刊音楽専門誌『MUSICA』を創刊させ、新たな音楽メディア・フィールド を開始している。
イベント面では「ROCK IN JAPAN FES.」に立ち上げメンバーとして構想段階から関わり、企画/オーガナイズ/ブッキングに尽力。さらに、03 年には「COUNTDOWN JAPAN 03/04」を立ち上げ、国内初のカウントダウン・ロック・フェスティバルを成功させた。
また10年からは、東京初の総合フェス 「ROCKS TOKYO」をオーガナイズし、2014年のゴールデンウィークには埼玉県初の室内大型ロックフェス「VIVA LA ROCK」を開催&プロデュースする。現在もさまざまなイベントやパーティーを定期的に開催している。
また、TV・ ラジオ・WEBなど多方面の媒体に出演し、当NEXUSのスーパーバイザーを務めながら、様々な音楽ジャーナリズム活動を展開している。

MUSICA オフィシャルサイト
Twitter: @sikappe

柴 那典

1976年神奈川県生まれ。 1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンで『ROCKIN’ON JAPAN』『BUZZ』『rockin’on』の編集に携わり、その後独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける。主な執筆媒体は『ナタリー』、『CINRA.NET』、『MUSICA』、『MARQUEE』、『NEXUS』、『RealSound』『CDジャーナル』、『サイゾー』など。2014年2月、単著『初音ミク音楽史 サード・サマー・オブ・ラブの時代』刊行予定

オフィシャルサイト
Twitter: @shiba710

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