鹿野 淳×柴 那典スペシャル対談 2012

ピークを迎えた2012年のアイドルブームとその先

2012年の音楽を語る上でアイドルのブームについては避けて通れないと思うんですが、鹿野さんはどう思いますか? 先ほど、2012年の上半期はAKBの時代だったとおっしゃっていましたけど――。
鹿野
受け止めがたい出来事として言ってるけどね(苦笑)。だってアイドルのビジネスや戦略を肯定しても、そして楽曲のキャッチーさやクオリティを称賛出来ても、アティチュードやソウルを語れないじゃない。つまり生き物としての音楽として僕は楽しめないんだよね。でもそういう音楽が今、再びマーケットのトップを占めている。テレビで人気なだけじゃなく、音源の売り上げも彼女らのような人達に持ってかれ、ロックフェスも勇んでアイドルを呼んで、それが実質的にフェスバブルを支えている。
なるほど。
鹿野
だってロックフェスに行ってもPerfumeやきゃりーぱみゅぱみゅが一番フロアに客を集めてるんだよ? それが現実じゃない。僕は音楽ファンとしてそれは本当に面白くないことだからジャーナリストとして、もっと奥がある音楽を見つけ、それを聴いて楽しもうと推奨するけど、現実的にだからこそ音楽シーンの中で主役がいなかったと思う。……ほんと誰もいなかったと思うんですよ。たとえば、由紀さおりさんが海外でブレイクしたからと言って、それが日本の音楽シーンの中心のネタかと言うとそうではないし、ロックシーンの中から時代を圧倒的に射抜く凄い存在とかモンスター的な現象が生まれたかというとそうではないわけで。そう考えていくと、1億3千万人に向けてAKBが手を変え品を変え音楽というものをひとつのツールとして使った一番の沸点が、前田敦子というリーサルウェポンを使った今年の最終戦法にあったと思う。だから僕は、2012年上半期の主役はAKBではなくて、総選挙で負けてもう1回勝って引退したという、前田敦子だったんじゃないかと思う。で、それと他のアイドルシーンは、まったく違うレベルのものとしてあったんじゃないかなと思ってる。
僕はきゃりーぱみゅぱみゅ大好きですし、アイドルとは別物だと思ってますけどね。ともあれ、僕もAKBと他のアイドルブームは、まったく別の構造をもったものだと考えています。まずAKBに関して言えば、AKBはエンターテイメントシステムとしての一つの完成に至ったという風に僕は見ているんですね。今年の夏にAKB48が東京ドームで公演するというデビュー当初の目標を実現した。それは、前田敦子というカリスマ性に依っていた人気という段階から、SKEやNMBなど各地のグループも含めて、AKBというシステムがジャニーズや宝塚のように定着したということを象徴していると思うんですね。握手という形でコミュニケートできる、投票によって序列をコントロールできる。そういう形でコミュニケーションを商品化したエンターテイメントシステムというのは、今後のポップカルチャーの定石の一つになっていくと思います。
鹿野
嬉しそうに話すね(笑)。僕はそう思っていなくて。まずAKBが定着したということに対して、まったく定着したとは思ってない。現実的に、前田敦子の引退と共にセールスから周辺産業から何から下がりまくっている。だから、博多だの栄だのというローカリズムも含めて多角的なやり方を、“してる”んじゃなくて“せざるを得なくなってる”というのが正直なところだと思う。これから上手い舵取りがされてもうひと山作れる可能性がゼロとは言わないですけど、僕はこのまま末期症状が続いていく――70年代くらいから続くアイドルの音楽の消費構造に、AKBも乗っかっているのかなとも凄く思うし。
確かに、僕もAKBのグループのあり方は、今年以降より拡散していくと思います。ブレイクしていく過程をファンが共有するような巨大な求心力を持つブームは一つの終わりを迎えた、という。で、一方で、ももいろクローバーZのブレイク以降、様々なアイドルユニットが注目を浴びて「アイドル戦国時代」とも言われる百花繚乱の状況になっていたのが2012年だったと思うんですけれども。
鹿野
前述した、ロックフェスの顔として新進気鋭のアイドルやアイドルグループがいろんなロックフェスにたくさん出たということは今年のトピックとして挙げられると思うんですけど。そういう人がマーケットを安定させる・定着させるための存在になるかって言ったら、丸っきりならないんじゃないかなと思う。残酷な言い方をすると、半年ごとにアイドルマーケットの中で入れ替え戦が繰り返されるという、消費物としての音楽というものを、いい意味でも悪い意味でも活性化していく存在でしかないのかなって思っているんだけど。その辺はどうなんですか?
まず、シーンが活性化したことで、音楽的に面白いアイドルグループ、挑戦的なサウンドや楽曲が多数生まれたというのは、2012年の大きな動きだったと思います。たとえば、でんぱ組.incはWiennersというハードコア畑のロックバンドを作曲家に迎えたり、ミクスチャー的なごった煮感を打ち出していて、すごく刺激的な活動をしている。それから、ソウルやファンクの流れをくむダンスミュージックの東京女子流や、“散開”してしまいましたが90年代の渋谷系な感性を突き詰めたTomato n' Pineのように、作り手がすごくクオリティの高いサウンドを作っているアイドルグループも多い。そこは評価すべきポイントだと思ってるんですけれども。
鹿野
訊きたいんだけど、でんぱ組やBiSのように、明確にロックマーケットへの接近と介入を図っていった人達っていうのは、最終的に何を目指してやっているの? ロックマーケットからユーザーを取りたいというのはわかるんだけど、ただ単に数を取りたいだけなのか。もしくは、そもそも昔から大多数のアイドルというのは半年も賞味期限がないものとして存在しているような気がするんだけど、ロックというのはそういう他のジャンルと比べて耐久年数の長いシーンだから、そのシーンに介入することで長生きする、もしくは“アーティスト”になるのが目的なのか、どういうことなの?
個々の人達が最終的にどうなりたいかというのは、全くわからないです。むしろ「これをやったら面白いはず」という刹那的な熱量の高さだけがある、という風に僕は思ってます。それで、たとえばメタルやヒップホップを取り入れたアイドルが生まれたり、地方アイドルが広まっていたりする。で、才能を持った作曲家がどんどんフックアップされている。ブームになっているということは「柳の下のどじょう」を狙っている人も当然いるので、玉石混交になっている状態だとは思いますけれど。
鹿野
アイドル文化というのは、まずAKBという絶対神が生まれ、それが拡散していったことによって必然的に与党が生まれたんだよね。そうなると野党が必要となり、つまりそれが音楽シーンで言うカウンターとかインディーになるわけじゃない。で、そのあらゆるものを含んだインディーシーンの中で今はアイドルシーンみたいなものが出来上がっていて、そこにそれぞれのユーザーもいてカテゴリーもあり、さらにそこにはローカリズムもあって、日本全国でアイドルシーンというものが活性化しながら村化している状況なんだよね。そこで訊きたいんだけど、それが今後、アイドル音楽として、もしくはアイドルシーンとして、熟成されていく可能性はあるものなの? ここ10年間くらいで今年ほどアイドルがいっぱい出てきた年はないわけでさ。
今のアイドルブームに関して言えば、飽和状態になっている面はあるとは思います。アイドルを成り立たせているシステムの魅力は成熟しているし、定着していくと思うんですけれど、個々のグループが熟成していくかと言えば、そうではないと思います。
鹿野
アイドルのアーティスト化がなされるか/なされないかっていう論点が、2013年の中には少なからずあるんじゃないかと思うんだけど。たとえばアイドルとはちょっと違うけど、たとえばケミストリーが活動休止してそれぞれがソロプロジェクトを始めていて、それって、ポップスをやってきた人達が震災以降に自己表現を音楽と活動に表していくんだっていうことを考えていったことの、ひとつの証みたいなものだなと思うんだよね。となると、アイドルだから歌謡曲だからポップスだから、自己表現をしてなくても、アーティストじゃなくてもいいのかどうか、操り人形でいいのかどうかって言うと、まぁみんなアーティストになりたがっている時代だと思うんですよ。そこで、今マーケットの一番大きな部分を占めているアイドルがアーティスト化されていくのか、アイドルを作っていくプロデューサーやスタッフがそこまでプロデュースしていくのかどうかっていうことは、来年のひとつのテーマになるんじゃないかなと思ってるんですよね。僕はアイドル文化を音楽批評として対象化することに目的を感じないし、そこが熱いと言っている人から説得力を感じないんだけど、そういうトピックがあることはまったくもって現実だし、そこに興味がある人はちゃんと論じていくべきだと思うけどね。
どうなんでしょう、アイドルがアーティスト化する流れがこの先にあるようには、僕はあまり思えないですね。音楽を通して作り手の自己表現やメッセージを受け取るよりも、その場の盛り上がりを共有して楽しむことのほうを優先しているファンが圧倒的に多いと思うので。メッセージに共感するというよりも、ユーザー側の参加ありきで成立するカルチャーだというのは、この先も変わらないと思います。
鹿野
まあそうだろうね。そもそも音楽ユーザーが若返っていったことなどによって、アーティストがイコール、メッセンジャーである必要がなくなってきたというか曖昧になってきたというのはロックシーンでもあることで。だからこそアイドルの人気がロックフェスなどでもここまで上がってきたというところがあると僕は思います。

ポップミュージックのグローバル化

日本のアイドルに関してもうひとつだけ話しておきたいのが、アイドルブームって言うと日本だけのブームと捉えられがちですけど、世界的に同じことが起こっていたのが2012年だと思うんです。たとえばワン・ダイレクションのように、英米のヒットチャートをアイドルが占める状況がある。ジャスティン・ビーバーのように数千万のツイッターのフォロワーを持つアイドルは、彼が紹介したカーリー・レイ・ジェプセンが2012年にブレイクしたという意味も含めて、その人自身がマスメディアになっている。そんな風に構造が変わっている状況が示されたというのが、2012年の世界の音楽シーンを見て思うところですね。
鹿野
今、世界中がなんでアイドルブームだと分析してる?
僕は、YouTube以降の変化がとても大きいと思っています。今、YouTubeの通算視聴回数ランキングのトップ10って、ほぼ全てミュージックビデオなんですね。つまり、あそこが世界で最大の音楽試聴サービスになっている。80年代にMTVが登場してマイケル・ジャクソンが世界的なポップスターになったのと似たことが起こっているんだと思います。
鹿野
まさにその通りだと思うけど、それはYouTubeの影響だけじゃなくて、チャートが無効になったこと、ダウンロードミュージックが世界中の基本になっていること、スポティファイなどのサブスクリプションサービスといったレンタルミュージックのストリーミングがさらに席巻していく可能性があることなど、全部が繋がっているよね。
チャートが無効になったというのは日本でも顕著ですよね。オリコンのシングルチャートを見ても「今、どんな音楽が聴かれているのか」という指標にならない。
鹿野
日本のチャートだけじゃなくてアメリカでも、たとえば、ジャスティン・ビーバーがビルボードで何位だったかということよりもYouTubeで8億回の再生数があり、それがワン・ダイレクションは2億回であり、それがPSYだと10億回で、という数字のほうがよっぽど世界中に情報として出回っていっているわけで。それは、チャートというものが無効化しているということの何よりもの実例だと思うんです。でも、それによってチャートに左右されないで音楽ファンがいろんなものを楽しめるチャンスがあるにも拘らず、音楽ファンが音楽を掘らなくなっているのも事実で。だから一層みんな、ジャスティン・ビーバーやワン・ダイレクションやテイラー・スウィフト頼みになっていくということになっていて。それって、ダウンロードやストリーミングというものが出している、音楽というものに触れさせることの――良くも悪くも――“軽さ”の一番悪しき部分が、そこに現われているんじゃないかと思う。だから音楽というものが身近になって、音楽を耳にすることはだいぶ身近になったんだけど、その音楽から考えること、影響を受けること、自分を一体化させること、といった音楽の芸術性やカルチャー性や思想性として考えると、難しいよね。だからこそ世界的なアイドルブームが生まれる。要するに、そこで歌われる音楽には共同言語と共同感覚だけが綴られているから、一体感とみんながわかるキーワードはあるんだけど、深みがあるかどうかで言ったら甚だ疑問が残るよね。でも、そういう音楽が歓迎されているのが現実なわけで。
付け加えて言うならば、日本に住んでいると気付きにくいですけれど、ヒットしている音楽、聴かれている音楽というのは、世界各国で共通なものになってきていますよね。ポップミュージックのグローバル化が起こっているという。
鹿野
そう。今はみんながみんな、世界を相手に仕事をしようとしている。ワン・ダイレクションって、アメリカではコーラのCMに出て、日本では『めざましテレビ』の土曜日のテーマソングを取ってるんだよね。これも、配信やYouTubeやSNS関係と同じグローバリズムのひとつの象徴だなと思う。日本においては「邦楽/洋楽」という発想があるけど、(世界では)自国で売るという発想は全部消えていて。YouTubeもUstreamもiTunesも、世界で売っていくということが、まず当たり前の発想になってる。で、そうなった時に、この国ではどう売るのか?と。アメリカではやっぱりコカ・コーラがポップだからコーラのCMで行こうと。じゃあ日本はどうしようか? 日本はメディア国家だからそこでみんなが一番観ているのはどんなメディアか?を考えると朝のバラエティだから、とりあえず『めざましテレビ』を取りに行こうとする。これって、日本の邦楽ももうちょっと見習わなきゃいけないことで。邦楽/洋楽っていう区別や、海外戦略/日本戦略っていうことよりも、当たり前のこととして世界戦略、つまりグローバリズムの中にしか今はマーケットがないんだということを考えて勝負していかなくちゃいけない時期が来てるのかなと思う。
そうですね。いわば「グローバル・ポップ」というものが生まれてきているのがここ数年の状況で。フランスでもブラジルでもシンガポールでもオーストラリアでも、同じように同じ音楽がチャートに入ってきている。たとえばそれは、テイラー・スウィフトでありリアーナであり――。
鹿野
アデルであり、エミリー・サンデーであり。
そうですね。興味深いのは、そのグローバルなポップの画一化は避けられない事態として世界を覆っているということです。これに関して言えば、日本では反対にグローバルなポップミュージックがそこまでシーンを覆っていないという状況があって。バンドカルチャーも、ボカロカルチャーも含めて、独自の発想と価値観を持つ新世代の音楽の作り手が国内で続々と生まれている。それはひとつの素晴らしいことだと思っています。
鹿野
ではこのままボーカロイドやニコ動。そしてロックバンドシーンにおける確かな感覚と希望などに話を移していきましょう。


鹿野 淳×柴 那典スペシャル対談 2012

鹿野 淳

1964年東京生まれ。 明治大学卒業後、89年扶桑社入社、翌90年株式会社ロッキング・オン入社。98年より音楽専門誌『BUZZ』、邦楽月刊誌『ROCKIN'ON JAPAN』の編集長を歴任。04年ロッキング・オン退社後独立し、株式会社FACT設立。06年、編集長としてサッカーを中心としたライフスタイルマガジン月刊『STARsoccer』を創刊し、07年3月、同じく編集長として月刊音楽専門誌『MUSICA』を創刊させ、新たな音楽メディア・フィールドを開始している。
イベント面では「ROCK IN JAPAN FES.」に立ち上げメンバーとして構想段階から関わり、企画/オーガナイズ/ブッキングに尽力。さらに、03 年には「COUNTDOWN JAPAN 03/04」を立ち上げ、国内初のカウントダウン・ロック・フェスティバルを成功させた。また10年から12年にかけては、東京初の総合フェス「ROCKS TOKYO」をオーガナイズし、ロックフェスブームに新たな一石を投じた。その後もさまざまなイベントやパーティーを定期的に開催している。また、TV・ラジオ・WEBなど多方面の媒体に出演し、当NEXUSのスーパーバイザーを務めながら、様々な音楽ジャーナリズム活動を展開している。

MUSICA オフィシャルサイト
Twitter: @sikappe

柴 那典

1976年神奈川県生まれ。 音楽ライター/編集者。京都大学総合人間学部卒業後、99年株式会社ロッキング・オン入社。『ROCKIN’ ON JAPAN』『BUZZ』『rockin’ on』の編集に携わる。04年、ロッキング・オン退職後にフリーのライター/編集者として独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける。主な執筆媒体は『MUSICA』、『papyrus』、『MARQUEE』、『CDジャーナル』、『サイゾー』、『GQ JAPAN』、『日経ビジネスアソシエ』、『R25』、『ウレぴあ』など。また、au公式サイト『Lismo(music)』のコンテンツ企画制作も担当している。

オフィシャルサイト
Twitter: @shiba710

インタヴューArchives