鹿野 淳×柴 那典スペシャル対談 2012

2012年の音楽シーンは果たしてどんな動きを見せたのか? そして2013年の展望は?? 音楽ジャーナリスト2人が真摯に語り合うNEXUS特別企画。後編では、新世代バンドの台頭からボカロやニコ動のシーン、音楽ビジネスの先行きまで、音楽カルチャーの現在と未来を深く語り合います。

鹿野 淳×柴 那典

2012年に頭角を現した新世代バンド

鹿野
ここからは後編。ニコ動なども含めた新世代のカルチャーについて話していきたいんだけど。まずはバンドシーン。新世代バンドの台頭はどうなされたと柴は思ってる? 具体的に言えば、ONE OK ROCKでありSEKAI NO OWARIであり、あとはMAN WITH A MISSIONなどなど。この3バンドが顕著な伸び方をしたと思うんだけど。
SEKAI NO OWARIに関しては、彼らは大きく方向性を変えたバンドで、そのことが受け入れられたのがステップアップの要因になったと思っています。今の若い人達の中に渦巻いている不安や鬱屈の衝動を、きちんと吸い上げて、しかもそれをエンターテイメントとして表現する。それを必要としている人達に届けたということで、人気を獲得してきた。今の時代に「人気者である」とはどういうことかに向き合っている。たとえばflumpoolの活動を見てきてもそういうことを思います。
鹿野
新しい世代のバンドとしてONE OK ROCK、SEKAI NO OWARI、flumpoolが並ぶとしたら、彼らは明らかに新しい価値観でバンド運営をしていると思う。自己のアイデンティティよりも「みんなのため」という指針が完全に本質的に出来上がっている活動をしているところに、今までのロックバンドとは圧倒的な差異があるなと思います。SEKAI NO OWARIの深瀬君は昔、名言を吐いていて、「僕は、僕自身が何もないんです。だから人が喜んでいる姿を見ることだけで自分を形成するしかなくて、そういう人間がやっているバンドがSEKAI NO OWARIなんです」と言っていて。まさに『ENTERTAINMENT』というタイトルの作品でそれをやり切ったことで、デビュー時のブームがフロックではなかったということを証明する成功をしたと思う。
ONE OK ROCKについてはどうでしょう? SEKAI NO OWARIと音楽性は違いますけれど。
鹿野
ONE OK ROCKも、元アイドルというレッテルを貼られたりバンドの元メンバーが逮捕されたりして、そうやってすべてを失ったようなところから、自分達に目を向けるんじゃなくてキッズに目を向けていき、ファンに助けられて自分達の今があるんだということを本質論にしている。要するに、自分達のやりたいことのために人がいるんじゃなくて、みんながいるから自分がいるという発想でいるところにおいて、SEKAI NO OWARIと同じ価値を持っていると思う。
flumpoolはどうですか?
鹿野
flumpoolの山村君も、自分がゆとり世代の人間だということを盛んに口にしていく。それは、「自分が震災前までは空洞で、本当に煮え切らない日々を送ってきた。だからこそ――」っていう気持ちをちゃんと人に向けたいという、自分自身の腰骨をちゃんと作れなかった分だけ、今は自分には役割があるんだからそれを人に向けていくんだっていうことを考えていて。自分のためじゃなくて人のためということが、本質論としてちゃんと活動できているっていう共通点があると思うんです。で、そういう人達がユーザーにちゃんと受け入れられ、それなりのセールスを誇ることができて、今、ブームを作れているというのは、ロックバンドとしての価値観がひとつ塗り替えられたということを彼らの世代が証明しているのかなという気がするんですよ。だからSEKAI NO OWARIは、ロックバンドがエンターテイメントするためのエンターテイメントであり、ONE OK ROCKは信頼をエンターテイメントにしていくための活動をし、flumpoolは最大公約数というポップスをロックバンドとしてエンターテイメントしていくために全国津々浦々をパンクバンドと同じ頻度で周り、エンターテイメントを作っていくっていう。実は2012年のブレイクに根拠がある人達なんですよね。
僕もそうだと思います。さらに言うと、実はこの傾向は日本独自の動きだと思うんです。アメリカやイギリスなどの海外の音楽シーンを見ると、今言ったSEKAI NO OWARI、ONE OK ROCK、flumpoolのような、自分達の音楽を「みんなのための」エンターテイメントとして打ち出すというロジックを持つ新世代バンドって、僕はいないと思っているんです。
鹿野
そうだね。
だからこそ、コールドプレイやアークティック・モンキーズに匹敵するような大きなバンドが出てきていない。そういう意味では、ここ5年間は、海外においてロックバンド不振の時代が続いていると思っていて。そのことが国内のロックバンドの音楽性にも影響を与えているんじゃないかと思っているんですけれども。
鹿野
僕はちょっとそれとは違っていて。マーケットとしては確かに小さくなっているんだけど、イギリスでは相変わらず10代はロックをやっていて、それをメジャーが拾えなくなっていっただけだと思う。まあその中からジェイク・バグという10代の新しいカリスマロッカーが登場したりしているわけで。アメリカでも、USインディーっていうシーンが消えたのかって言ったら、相変わらずブルックリンのガレージでロックは生まれている。今言ったようなSEKAI NO OWARI、ONE OK ROCK、flumpoolの状況というのは、確かに日本の特殊なバンド事情であって、じゃあ世界でロックが今どうなっているのかと言うと、ガレージかベッドルーム、つまり自分の部屋やテリトリーで音楽を作っていくという非常にインナーなものになっている。だからインナーなシーンの中で確かな才能がある人は、スモールパッケージ化されたマーケットの中でそれなりに世界に流通されていってるというのが現実だと思う。それはそれで幸福かつラジカルな音楽が生まれるシーンだと思う。だってそもそも欧米のロックというのは、自己表現をエンターテイメントにする思考回路もビジネス回路もとっくに完成しているシーンがあるからね。だけど今そこからスタジアムバンドが出難い状況があるのは、アーティストの音楽への向かい合い方が変わったからだと僕は思うな。
まさにそうですね。

ボカロシーンの拡大と発展

鹿野
そういうロック事情を日本にアジャストして当てはまるのは、実はニコ動カルチャーだったりするのかなと思っていて。ボーカロイドとかってロック的な価値観、ロック的な欲望に根ざしたもの――つまりは、孤独の発露であり、そこに根ざした自己存在証明であり、別に人のためなんて考えていない音楽としてあるなという。
その通りだと思います。そういう、一人が繋がりあうニコ動カルチャーと、フェスやライヴで目の前にいる数千人の欲求を受け止めてそれを昇華することを目指す新世代バンドは対照的だと思いますね。
鹿野
それもきっと必然なんだよね。だって今や、楽曲や音源を作るよりもツアーやライヴが大事だったりするわけでしょ? そのほうがお金が儲かるものだった所から始まった流れだけど、最早アーティスト自身も音楽作るよりライヴをして旅する方が楽しそうだし、内実を伴っている。つまりロックバンドの活動が本質的な意味でも変わったんだよ。
ロックフェスがレジャーとして定着した傾向とも切り離せないですよね。一方で、アメリカやイギリスのインディーシーンで注目を集めているのは、詩人として自分の孤独を表現したり、もしくは発明家として新しい音の刺激を生み出すタイプのミュージシャン。そういう、詩人と発明家が日本の音楽シーンのどこにいるか?と言えば、それがニコ動やネットカルチャーだと思っています。さきほど鹿野さんが言われた通り、ボカロカルチャーにおいては、作り手の自己表現が物語として受け手に届いている状況がある。みんなで一体になって盛り上がるというよりも、個々の表現が伝わる場所になっていると思います。ただ、これは2012年に生まれたというよりも、2007年に生まれて育ってきたカルチャーが花開いた、ポップミュージックの文脈で見出されたのが2012年だったということだと思いますけどね。たとえば米津玄師の『diorama』が象徴的ですけれども――。
鹿野
僕はね、米津君ってハチという名前でボーカロイドをやって成功していなくても、今くらいのタイミングでなんらかの形で誰かに見つけられてデビューして成功してるような気がするんですよね。それは、彼の音楽に圧倒的なアピール力があり、そして単純に才能があるからで。で、彼の才能を育んだものがボーカロイドかって言ったら、実は違うんじゃないかと思うんだよね。そうするとニコ動って、4、5年前のMyspaceのような人材発掘のための場所としての機能なのか、もしくは、その前からSNSが活発化されたことでオープン化されたひとつのオーディションシステムのようなものなのか、それとも、それとは違うれっきとしたカルチャーなのか、もしくは2013年から新しい才能やシステムをまた生み出す場所になるのか、今はまだその決着はついていないし、よくわからないなあと思うんだけど。
僕はボカロPの何人かに取材したんですけど、結構バンドをやってた人が多いんですよね。そういう人は、小さなライヴハウスで5人相手にやってたけれど、なかなか上手くいかなかったみたいで。一方でボカロを使ってニコ動に動画をUPしたら一気に数百人がコメントしてくれた。そこにコミュニケーションの可能性を感じたという人が多いんです。内面性を表現するタイプのアーティストにとっては、ライヴで盛り上がらなくてもボカロを使うことで聴き手に音楽を届けて共振することができる。そういう意味で才能を発掘する役割は果たしている。ただ、ニコニコ動画は音楽業界にとってのオーディションシステムかというと、それはまったく違うと思います。ニコニコ動画って、アニメや政治やスポーツも含めた、オールジャンルのメディアプラットフォームだと思うんですね。その中で、「歌ってみた」や「踊ってみた」も含めて、新しい参加型エンターテイメントとして音楽を楽しむ場所になっている。そこには独自のカルチャーが生まれていると思います。
鹿野
なるほど。ニコ動って「砂漠のオアシス」だなって僕は思ってるんだよね。
というのは?
鹿野
ライヴが中心のシーンになったことで、孤独を表現している人が多数、音楽活動の中で彷徨い出したわけだけど、でもそもそも音楽って作る理由は孤独からの解放や理解を促すもので。そういう人達が水を浴びられる唯一の場所がニコ動にしかなかったように見えた、というのがひとつある。あと、ミュージシャンはレコード会社や事務所と交わしているルーティーンの契約の中でしかリリースはできないんだけど、ミュージシャンという本能では、いつも音楽を作って表していたいんだよね。それなのにそれを無邪気に出せないから、自分の音楽を出す場所としてボーカロイドを使ってるっていう人も何人かいるよね、変名とかで。ああいう人にとってもニコ動はオアシスだった。つまり、ミュージシャンにとってのオアシスになり得たことがニコ動の健全さと素晴らしさだったなと思うんですよね。だから必然的に個の主張をしていくアーティストが今、生まれてきつつあって。今は、ボーカロイドのCDが売れてるって言ってもメインストリームのマーケットになるっていう状態ではないと思うし、ボーカロイドをやっていた人みんなが自分の声で歌うアーティストとして参加してくかって言ったら、まだそういうわけではない。でも2013年は、それがなされるか/なされないかっていう大きな起点になるんじゃないかと思うんだけど、どうなんだろうね?
ボーカロイドか自分の声かというのとは関係なく、強い個の主張のあるアーティストはどんどん出てくると思います。じん(自然の敵P)のように、小説も自分で手掛けるクロスメディア的な発想で自分の世界観を表現するアーティストが登場してきたのが2012年のトピックの一つだと思うので。で、もう一つ付け加えると、初音ミクというキャラクターの重要性もあると思います。初音ミクという存在があったことによって、単なるツールではなく、キャラクターを通した自己表現というものが音楽でできるようになった。それによって、自分の表現欲求が上手く引き出されたクリエイターはたくさんいると思うんです。それが改めて示されたのが、たとえばlivetuneの“Tell Your World”やsupercellの “ODDS & ENDS”という、どちらもボカロ黎明期からのクリエイターの曲で。どちらも2012年にリリースされていますが、この2曲は、初音ミクっていうキャラクターとボカロカルチャーに対しての賛歌になっていると思います。
鹿野
ボーカロイド自体は前からシーンを生んでいたけど、それが明確化された2012年に、そのシーンやブームに向けたアンセムが生まれたのはとても象徴的だね。
たとえば2012年の11月には日本のシンセサイザーの始祖と言われる冨田勲さんが「イーハトーヴ交響曲」を初披露しました。これは、オーケストラと数十人の合唱団と初音ミクが同時に登場するような曲で、これは実在のシンガーでは不可能な“幻想世界の歌い手”を表現できる初音ミクの立ち位置を示したことだと思うんです。しかも、それと同じ可能性が万人に開かれている。そのことの結実というのは、ボカロカルチャーのひとつの側面としてあったと思います。

鹿野 淳

1964年東京生まれ。 明治大学卒業後、89年扶桑社入社、翌90年株式会社ロッキング・オン入社。98年より音楽専門誌『BUZZ』、邦楽月刊誌『ROCKIN'ON JAPAN』の編集長を歴任。04年ロッキング・オン退社後独立し、株式会社FACT設立。06年、編集長としてサッカーを中心としたライフスタイルマガジン月刊『STARsoccer』を創刊し、07年3月、同じく編集長として月刊音楽専門誌『MUSICA』を創刊させ、新たな音楽メディア・フィールドを開始している。
イベント面では「ROCK IN JAPAN FES.」に立ち上げメンバーとして構想段階から関わり、企画/オーガナイズ/ブッキングに尽力。さらに、03 年には「COUNTDOWN JAPAN 03/04」を立ち上げ、国内初のカウントダウン・ロック・フェスティバルを成功させた。また10年から12年にかけては、東京初の総合フェス「ROCKS TOKYO」をオーガナイズし、ロックフェスブームに新たな一石を投じた。その後もさまざまなイベントやパーティーを定期的に開催している。また、TV・ラジオ・WEBなど多方面の媒体に出演し、当NEXUSのスーパーバイザーを務めながら、様々な音楽ジャーナリズム活動を展開している。

MUSICA オフィシャルサイト
Twitter: @sikappe

柴 那典

1976年神奈川県生まれ。 音楽ライター/編集者。京都大学総合人間学部卒業後、99年株式会社ロッキング・オン入社。『ROCKIN’ ON JAPAN』『BUZZ』『rockin’ on』の編集に携わる。04年、ロッキング・オン退職後にフリーのライター/編集者として独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける。主な執筆媒体は『MUSICA』、『papyrus』、『MARQUEE』、『CDジャーナル』、『サイゾー』、『GQ JAPAN』、『日経ビジネスアソシエ』、『R25』、『ウレぴあ』など。また、au公式サイト『Lismo(music)』のコンテンツ企画制作も担当している。

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Twitter: @shiba710

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