鹿野 淳×柴 那典スペシャル対談 2012

激動の一年だった2011年を経て、2012年の音楽シーンは果たしてどんな動きを見せたのか? そして、2013年、音楽のあり方はどう変わっていくか? 音楽ジャーナリスト2人が真摯に語り合うNEXUS特別企画。前編ではアイドルブーム、ベテラン勢の活躍、海外の動向など、ポップミュージックの一年間を振り返ります。

鹿野 淳×柴 那典

音楽シーンの空洞化が進んだ2012年

鹿野
去年に引き続き、今年1年の音楽シーンを振り返る対談をやりましょう。
よろしくお願いします!
鹿野
まず、概論として2012年はどういう年だったのかということから話し合いたいんだけど。僕は、上半期に関しては、まだ主役がいた時代。でもそれがAKB48だった時代だと思う。だけど、前田敦子というタレントがいなくなったと共に、音楽シーンや音楽業界の中で主役が丸っきりいなくなり、AKBでさえも主役でなくなった状態になっていると思う。そういう意味で、下半期は非常にカオス、もしくは空洞化が進んでしまっているという、ちょっと危機的な状況になってるのかなっていうのが、今年1年間に関するざっくりした僕の見方。こう言うと、じゃあももクロはどうなんだとか言う人もいるでしょうが、あれはまさにシーンのカオスが生んだ象徴というか、主役ではなく刺客だと思うんだよね。ロック、アイドル、ポップス、何処にも明確に認知されるべき主役がいなかったと僕は思います。
僕自身も空洞化という見方には同意です。AKBについては後で話すとして、まず昨年の2011年は震災もあり、時代が大きく動いた一年だったと思います。それに呼応するように新しい表現や行動がたくさん生まれた。それに比べると、2012年は何か中心の定まらない年だった気がします。
鹿野
3、4年前から、日本の不況と音楽シーンの不況、そして音楽の均一化がずっと囁かれてきたよね。音楽シーンではアーティスト自身がそういったことに敏感に反応し始めたり、SNSの普及によって音楽リスナーがそのシリアスさを受け止めたり共有したりする時代になっていった。でも、誰がどう頑張っても下降線が止まらない状況で。そんな中、2011年に起こった震災というトピックはショックも凄く大きかったから、それまでの状況が1回全部ぶっ飛んだ1年間だったと思います。でも震災から1年経った今年の3月11日以降からは、音楽不況の呼び戻しがされ、残念ながらそのダムは決壊してどんどん流れている中で、いいものはいいし、頑張ってる人は頑張ってるんだけど、なかなか苦戦を強いられている状況かなと思う。
そうですね。新しいメディアや意味深い作品は登場しているし、そこに目を向ければ前向きな変化の萌芽も生まれているとは思うんです。ただ、社会全体に漂う鬱屈のムードに対して音楽がカウンターアクションとして力を持つムーヴメントを起こしたかと言うと、残念ながらそうではなかった印象があります。
鹿野
今の話でいくと、震災以降の音楽のあり方、音楽性っていうところに関してどう感じてる?
昨年の末に2011年の音楽シーンを振り返る対談をさせてもらったときに、鹿野さんは「光」や「希望」をイメージさせるような、人を勇気づけ前向きにさせる表現が反射的に生まれてきたと仰っていましたよね。今年になってからは、そういったものへの食傷気味なムードが生まれてきたような気がしていました。
鹿野
まさに。震災以降の2012年の音楽って、震災というものへのリアクションも含めてふた通りに分かれると思う。そのひとつは、ポップミュージックにおいてはマイナーな発想だけど、 “脱原発・反原発”という原発問題に対してのカウンター意識が強く向けられた1年だったと思う。そういう意味ではロックやパンクの力は、去年よりも今年のほうが高かったと思います。NO NUKESという脱原発イベントが開かれたり、アーティスト自身が毎週金曜日の首相官邸前のデモンストレーションに実際に参加したり、そういった行動をツイッター等で促したりすることも含めて、カウンターアクションとしての音楽は反原発・脱原発のほうに向かっていったものが多かった。
そうですね。特に30代以上のキャリアのあるミュージシャン、Ken Yokoyamaやアジアン・カンフー・ジェネレーションやくるりのように、去年から実際に被災地に入ったり社会的な活動をしてきたロック・ミュージシャン達からは、「これからの社会はこうあるべきだ」という強い意思を持った、説得力のある作品も生まれたと思います。
鹿野
ただ、それはマイノリティーな行動であり結果だったと思う。マジョリティーに関しては柴が言った通りで、去年、音楽が表現したものには、切実な光、切実なスマイル、切実な絆と一体感があったと思うんです。でも今年はそれとは違っていた。……非常に思うんですけど、人の表現ってネガティヴなものになると非常にヴァラエティ豊かで感情的で強く、説得力もあるものになるんだけど、喜びとか希望というものを表現するとどうしても一辺倒になりがちで。だから、哀しみの音楽や哀しみの映画がどんどん名作になっていくんだと思うんだよね。そういう意味でも2011年に比べて、どうしても表現が膨らんでいかない中で、相変わらず地に足が着かない共同幻想みたいなものを歌う音楽が増えていってしまった。その結果、ポップスの均一化というものが生まれてしまい、それは大きな意味では凄く残念だと思います。

大物ミュージシャンの活躍と“ベスト盤化”現象

ただ、今年は音楽シーン全体にとって、明るいニュースもありました。ずっと縮小を続けてきたCDやDVDなどの音楽ソフト市場が、2012年には14年ぶりにプラスに転じたそうです。新聞記事ではアイドルのシングル盤セールスに加えて桑田佳祐さんや山下達郎さんなどベテラン勢のベスト盤の売り上げが好調であることが理由にあげられていましたが、鹿野さんはどう思いますか?
鹿野
2012年はいろいろな大物アーティストが活躍したダイナミックな1年でもあったと思うんです。ただ、そういったビッグアーティストによる活動で目立ったことが、作品を出すということよりもライヴのほうだったことで、それは今の音楽シーンをもの凄くダイレクトに象徴していることだと思うんだよね。たとえば、桑田佳祐さんがベスト盤を出したし、Mr.Childrenも久しぶりにアルバムを出したし、いきものがかりなども作品を出したりして、そういった作品を出したということももちろん世の中に伝わっていったけど、それと同様にもしくはそれ以上に、大きなツアーや大きなライヴをしたことのほうが世の中に強く伝わっていった。新たな音楽が創造されてパッケージ化される新作を聴くよりも、その人のスタジアムライヴやアリーナライヴに行かなきゃということのほうが音楽リスナーの中で完全に重要視され、業界全体もそっちに振り切られ、レコード会社はアーティストと契約する際に、ライヴに対するものや物販グッズの権利にまで踏み込んで来るのが最早当たり前になっている。これが現状。CDが売れなくなった音楽業界は今、ライヴで支えられているという実態を凄く表してるなと思った。プラス、テレビメディアやラジオメディアといったメディアが割くスペースが大きいものも、やっぱりアルバムとかシングルというフィジカルなものよりも、ライヴやツアーっていうもののほうが多くなってきているということを凄く象徴しているよね。
ライヴに軸足を置いた活動をするアーティストは本当に多くなりましたよね。山下達郎さんのような、ポップスとしてのクオリティの高い盤を作ることに音質も含めて強い信念とプライドを持って続けてきたアーティストも、やはりライヴが大きな軸になっている。
鹿野
そこから逃れられないというか。ビートルズがライヴをやらなくなった1967年以降から、アーティストと言われる人はどれだけ自分の執念と執着がこもった音源を作れるかがアイデンティティになったんだけど、ある意味、その論法が完全に崩壊していったということに気づかされた2012年だったかなという気もする。そしてそのシーンに対して大物の方はオールタイムなベスト盤をたくさん出したり、ベスト盤ではなくとも、実際にはシングル集の様相が強いアルバムを出したよね。これは非常に生々しい条件反射かなと僕は思う。以前は、オリジナルアルバムを3〜5枚くらい、シングルを15枚くらい出すとベスト盤を出すタイミングとされたり、あとはレコード会社の事情であったりっていう凄くビジネス的な根拠に合わせたベスト盤が多かったと思うんですけど、今はもう、すべてがベスト盤なんじゃないか?みたいなところがあって(笑)。そこに主張さえこもっているような気が僕はします。たとえば桑田さん、達郎さん、あとはローリング・ストーンズなど、オールタイム・ベストっていうものを出している人の作品から凄くそれは感じるんですよね。今これを出さなきゃ、今後こういうアルバム出しても、ベスト盤すらCDが注目を浴びなくなるんじゃないか的な匂いを僕は勝手に強く感じてるんだけどね。
そうですね。ベスト盤的な作品をリリースするような時代になっているのは大物やキャリアのあるアーティストだけではなくなっていると思います。
鹿野
ダウンロードというシステムが定着し始め、アルバムというものがダウンロードでも買えるようになった。それって確かにアルバム1枚としても買えるんだけど、アルバムの中で自分が知ってる曲だけを1曲200円ずつくらいで摘んでいくこともできる時代になってきた。そうすることはリスナーの選択としては自由なわけだしそれ自体を否定していっても仕方がない。でも、そうなると、アルバムの曲順やシングルにもなっていない曲に思想や実験性を込めて物語性を頑張って作っても享受されなくなる。まるで呑み屋のカウンターに並ぶおばんざいの中から、『今日はこんにゃくと野沢菜で』って摘み食いされるように、アルバムが摘み食いされていくんであれば、もうアルバム自体の存在価値はベスト盤的なものでいいんじゃないかというふうになっていったんだと思う。今年の暮れにリリースされたMr.Childrenのアルバムは、国民的な音楽メイカーとしてタイアップの付いた国民に享受されるべき曲を次々と披露していき、結果的にそのほとんどが収録されたオリジナルアルバムとなった。それは、今のダウンロードミュージックの状況と、今の世の中における楽曲への触れ方における正統的かつフラットなオリジナルアルバムのあり方を提示したし、それと巨匠達のベスト盤は、どこかで凄くシンクロニシティーを起こしてると思う。
僕も、アーティストがアルバム一枚を通してではなく、一曲に強い意味合いを込めた作品を作るようになってきている変化を感じますね。たとえば、宇多田ヒカルの“桜流し”は2012年を象徴する名曲の一つだと思うんですけれど、あれも一曲で一つの事件を起こしたと言えるわけで。もちろん、彼女の場合は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の主題歌であることや、「人間活動」をしている中でのリリースということもあって、特異な立ち位置の曲だと思いますけれども。
鹿野
宇多田ヒカルに関して言えば、今、宇多田ヒカルが人間活動中になっているのは、明らかに彼女自身が今の時代に音楽を作る理由を見出せなくなったから、つまり前記した状況に対する問題なんじゃないかなと僕は勝手に推測をしていて。そしてその状況は、今もまだ変わっていない。ただ、彼女は絶対的に震災以降に世の中へ歌を出したかったはずなんですよ。今、この地に歌いたかったはずで。その機会は絶対に探していたと思うし、それがヱヴァンゲリヲンという過去の因果も愛情も執着もあるところで出せる機会があったから出していった――つまり復活作ではなくて、ただの単発作なんじゃないかなと思う。
僕もそう思います。
鹿野
いや、新作をもっと出して欲しいし、彼女自身は音楽を作り続けていると僕は思うよ。だからあの曲は確かにヱヴァンゲリヲンのための曲でもあるんだけど、震災以降の日本へ向けた作品だと思う。PVを観ると物凄くそういうメッセージが伝わってくる。でも、この作品を出して彼女がシーンにすぐに復帰するとは逆に思えなくなったんだよね。そうやって大物アーティストの人は今後、自分が音楽を作りたいという衝動と、世の中と、すべてが偶然パッキリ合った奇跡的な瞬間にだけ作品を出すようになるんじゃないかと思う。逆に言うと、コンスタントに音楽活動をしていくということを選ばないミュージシャンも増えていくんじゃないかなと。その象徴として、今回の宇多田ヒカルの1曲のみの復活みたいなものがあるんじゃないかと思うんです。
なるほど。ライヴ中心の活動になるのも、コンスタントな活動でなくなるのも、海外のベテラン勢では数年前から当たり前の動きになってますよね
鹿野
だから大物ミュージシャンは、なおさら大物ミュージシャン的な活動をするようになっていて。ラルク・アン・シエルというバンドは今年アルバムを出しましたけれども、あの人達はそれぞれが曲を書けるからそれぞれがソロプロジェクトの活動をしていて、何年間に一度モンスターバンドとして集まり世界を周り作品を出すという、非常に洋楽的な活動方針をだいぶ前からしているよね。そうやって日本でも、“ローリング・ストーンズ化現象” “U2化現象”と呼べるような活動を、今後、大物ミュージシャンはしていくようになっていくんじゃないかなというひとつの軌跡みたいなものが見えた年だったんじゃないかなと思います。
YUIやファンキーモンキーベイビーズのように、大きな人気がありながら活動休止を発表するアーティストが相次いだのも、2012年下半期の大きなトピックだったと思います。鹿野さんはどう思います?
鹿野
ん?あまりそこにコメントすべきことがあるとは思わない(笑)。それぞれに才能と業がはっきりとあるんだろうけど、それがそもそもインスタントなものでもあるというか、コンビニ世代ならではの、いい意味でも悪い意味でも賢い選択だと思った。
もちろんそれぞれ個々の理由はあると思うんですが、たとえばYUIは「限界が来た」ということを言っていますよね。自分の表現欲求と、コンスタントに音楽を制作しライヴ活動をしていくということのズレがストレスになっていたと語っている。そういう意味では、今まで語ったようなこれからのミュージシャンのあり方の変化を象徴する出来事の一つかもしれないと僕は思っています。

鹿野 淳

1964年東京生まれ。 明治大学卒業後、89年扶桑社入社、翌90年株式会社ロッキング・オン入社。98年より音楽専門誌『BUZZ』、邦楽月刊誌『ROCKIN'ON JAPAN』の編集長を歴任。04年ロッキング・オン退社後独立し、株式会社FACT設立。06年、編集長としてサッカーを中心としたライフスタイルマガジン月刊『STARsoccer』を創刊し、07年3月、同じく編集長として月刊音楽専門誌『MUSICA』を創刊させ、新たな音楽メディア・フィールドを開始している。
イベント面では「ROCK IN JAPAN FES.」に立ち上げメンバーとして構想段階から関わり、企画/オーガナイズ/ブッキングに尽力。さらに、03 年には「COUNTDOWN JAPAN 03/04」を立ち上げ、国内初のカウントダウン・ロック・フェスティバルを成功させた。また10年から12年にかけては、東京初の総合フェス「ROCKS TOKYO」をオーガナイズし、ロックフェスブームに新たな一石を投じた。その後もさまざまなイベントやパーティーを定期的に開催している。また、TV・ラジオ・WEBなど多方面の媒体に出演し、当NEXUSのスーパーバイザーを務めながら、様々な音楽ジャーナリズム活動を展開している。

MUSICA オフィシャルサイト
Twitter: @sikappe

柴 那典

1976年神奈川県生まれ。 音楽ライター/編集者。京都大学総合人間学部卒業後、99年株式会社ロッキング・オン入社。『ROCKIN’ ON JAPAN』『BUZZ』『rockin’ on』の編集に携わる。04年、ロッキング・オン退職後にフリーのライター/編集者として独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける。主な執筆媒体は『MUSICA』、『papyrus』、『MARQUEE』、『CDジャーナル』、『サイゾー』、『GQ JAPAN』、『日経ビジネスアソシエ』、『R25』、『ウレぴあ』など。また、au公式サイト『Lismo(music)』のコンテンツ企画制作も担当している。

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Twitter: @shiba710

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