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特集:「決して忘れられぬ2011年の音楽シーンを振り返る」

「メディア環境の変化による音楽の変化」

鹿野
それはロックだけの問題じゃないよね。それこそ現実的にダウンロードによって、多くの10代のキッズが音楽に触れている。彼ら彼女らがそのダウンロードミュージックからどんなメッセージを受け、それが人生をサポートしていくかって、とても大事な事だと思うんだよね。
実際にCDステレオで音楽を聴く機会ってかなり減ってますからね。
鹿野
僕らはその状況を見守るだけではなく、ステレオで音楽を聴いたり、いい音で音楽を聴きながら、家族や大切な人とコミュニケーションを取る楽しさをみんなに唱えていかないとって思うんだけど。でもそのダウンロードを軸にして活動しているポップシンガーが、どんな主張をしてどんな音楽を歌い鳴らすのか? それがラジカセなども流されてしまった街の人や、ラジオを聴いている10代の人にどんな影響を及ぼすのか?なども、とても大事なことだよね。
そうですね。それに、ネットを通じてリアルタイムに音楽を届ける環境ができたということは、震災直後にも大きな意味を持ったと思います。たとえば10年前の9・11の時にも衝撃を受けたミュージシャンは多かったと思うんですけれど、あの直後に曲を発表できたのは数少ない人に限られた。でも、今年の震災の直後には、YouTubeや特設サイトを通じてすぐに思いを形にして発表することのできたミュージシャンがたくさんいました。
鹿野
それは明らかにメディアの変化によって、リアリティの変化が生まれたからだよね。だって9・11によってSNSは生まれ広まったようなものだし、その後、音楽シーンにはMyspaceが広がり、誰もがネットの中で「デビュー」できるようになった。その段階を経ての今だからね。
たとえば紅白への出演も決まって福島復興の象徴になった猪苗代湖ズも、震災の1週間後に曲をレコーディングして、その3日後にそれをリリースしたということが大きな意味を持ったと思うんです。そういう意味でも、ここ数年に起こってきた音楽の聴かれ方の変化や、メディアの変化などが、2011年という特別な年に一気に位置づけられたのが、今年の音楽シーンの特徴なんだと思ってます。
鹿野
まさにそうかもしれないね。たとえばサカナクションというバンドなどは、ロックバンドでありながら、ポップシーンに明確な戦略をもって向かっているけど、彼らの音楽はCDでもダウンロードでも両方とも聴いてもらっているものだと思うんだ。だからこそ彼らは自分らの影響力を感じながら、自らがメディアの役割を果たしたり、「こういう時代だからこそ、音楽シーン自体を復興させるんだ」と明確な目標を掲げて作品をプロモーションしたり、ライヴをしたりしている。
これもメディア環境の変化の話なんですけれど、今の時代の空気って「上から与えられる」ようなものではなくて、ツイッターやYouTubeの再生回数などクチコミで話題を呼ぶことによって「下から立ち上がる」ものになっていて。もはやニュースやテレビ番組はその後追いをするようにもなっているわけで。
鹿野
情報提供ではなく、情報収集と情報確認が大手メディアの役割になっているわけだからね。
そういう変化があるからこそ「ロックの定義が曖昧になってきた」という風潮が生まれていると思うんですよ。たとえば、かつて若者の教祖だった尾崎豊に今の10代は全然共感できないなんて話も聞きましたけれど、それって、今の時代にただ単に大人や社会に反抗するポーズを見せても空回りするということを、若い世代がみんな感づいてるということだと思うんです。時代のムードに抑圧や閉塞を感じたとしても、自分自身がそれに小さく加担してるということもどこかで同時にわかってる。だから反抗する相手がどこにもいない。
鹿野
だから時代の空気の表面に諦めのムードが漂う。その状況をわかった上で、それでもメッセージを発するサカナクションや、そういったことに自覚的な活動を何年も続けているASIAN KUNG-FU GENERATIONの今後の動きはやはり重要だし、確かな礎を築いてほしいね。
そうですね。彼らはロックは何を表現すべきかという難しいテーマにトライして、なおかつ見せ方を戦略的に工夫することで、そんなことを一切考えなくてもただ楽しむことができるエンターテインメントに昇華しているわけですから。
鹿野
これからデビューする、いや、楽器に触る世代の人って、やはりこの2011年以降という思考が明確に跳ね返るものになると思うんだよね。その中からも今話し合ったような感性のアーティストがさらに登場してきたら、シーンは結果的に活性化すると思うし、2011年の音楽シーンで起こった事をいい意味で次に繋げられると思うな。
外側から見たら音楽不況と言われるようなことも多いですけれど、僕自身はシーンの先行きが暗いとは全く思ってないんです。2011年に起こったことは、アーティストにとってもリスナーにとっても、音楽の持つ価値を再認識させられる体験だったと思うんですね。たとえ具体的に何かの役に立たなくても、鳴っているだけで心が安らいだり、気分が高揚したり、感情を共有できたりする。それだけでいいと思うんですよ。
鹿野
僕はあくまでもシーンの先行きはさらに暗いと思うし、楽観的に考えられることは何ひとつないと思うけど、でも、ここまで底値になった音楽や音楽の役割と向き合わざるを得なかった2011年と、後でポジティヴに振り返られる年になれればいいとは思う。僕らジャーナリストはメッセージや批評性に自覚的な音楽を語りがちだし、そういった音楽の役割に目を向けがちだけど、実際にはそういうものよりももっと平坦な気持ちのまま世の中に放たれる音楽が多いわけで。ロックと言われるものだって実際はそう。だからそういった平坦な音楽のレベルが上がったり、そういった音楽が刺激を受けて新たなメディアと共存するシーンを作ったりできれば、音楽にまた人が戻ってくることになるのかもしれないよね。
自らの思いを音に込めて届けようとするミュージシャンとそれを受け取るリスナーという関係性もありだし、アイドルなどのように音楽を媒介にしたコミュニケーションを楽しむのもありだと思います。どちらにしろ、音楽が人の心に何らかの作用をもたらすことができるということが大きくクローズアップされた2011年だった。だからこそ、それを先につなげるためには、いろいろな人がいろいろな場所で自分の信じる音楽を鳴らしたらいいって思いますね。みんな自由にやったらいい、という。その多様性と風通しのよさが、次のシーンの可能性につながっていくと僕は思ってます。
鹿野
そのためにはまず、音楽を聴かないといけない。たくさん聴けば、どんな音楽が好きか、面白いかの取捨選択ができるし、その取捨選択をしてきたリスナーが音楽を語ることによって、いろいろな音楽の役割やアイデンティティが芽生えるし、その中からミュージシャンになる人が生まれれば、本当の意味で風通しのいいシーンが生まれるきっかけになるかもしれない。だからもっと音楽が聴かれるためにレコード会社もプロダクションも、そしてメディアも努力と改善を試み続けなければいけないよね。
メディアも役割がなくなったのではなく、変わっただけですからね。このNEXUS WEBもその役割の一端を担うべく頑張りたいですね。

鹿野 淳

1964年東京生まれ。 明治大学卒業後、89年扶桑社入社、翌90年株式会社ロッキング・オン入社。98年より音楽専門誌『BUZZ』、邦楽月刊誌『ROCKIN'ON JAPAN』の編集長を歴任。04年ロッキング・オン退社後、有限会社FACT設立(現在は株式会社)。06年、編集長としてサッカーを中心としたライフスタイルマガジン月刊『STARsoccer』を創刊し(現在は休刊中)、07年3月、同じく編集長として月刊音楽専門誌『MUSICA』を創刊させ、新たな音楽メディア・フィールドを開始している。
イベント面では「ROCK IN JAPAN FES.」に立ち上げメンバーとして構想段階から関わり、企画/オーガナイズ/ブッキングに尽力。さらに、03 年には「COUNTDOWN JAPAN 03/04」を立ち上げ、国内初のカウントダウン・ロック・フェスティバルを成功させた。その後もリキッドルームとタッグを組みLIVE&DJパーティー「HOLIDAY INN BLACK」、「black sun」など様々なイベントを定期的に開催している。10年からは、東京初の総合フェス「ROCKS TOKYO」のプロデューサーを務め、ロックフェスブームに新たな一石を投じている。
また、TV・ラジオ・WEBなど多方面の媒体に出演し音楽ジャーナリズム活動を展開している。

MUSICA オフィシャルサイト
Twitter: @sikappe

柴 那典

1976年神奈川県生まれ。 音楽ライター/編集者。京都大学総合人間学部卒業後、99年株式会社ロッキング・オン入社。『ROCKIN’ ON JAPAN』『BUZZ』『rockin’ on』の編集に携わる。04年、ロッキング・オン退職後にフリーのライター/編集者として独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー・記事執筆を手掛ける。主な執筆媒体は『MUSICA』、『papyrus』、『MARQUEE』、『CDジャーナル』、『サイゾー』、『GQ JAPAN』、『日経ビジネスアソシエ』、『R25』、『ウレぴあ』など。また、au公式サイト『Lismo(music)』のコンテンツ企画制作も担当している。

オフィシャルサイト
Twitter: @shiba710