NEXUS アーティスト・インタヴュー:LA-PPISCH

ロックしたからひねくれるんじゃなくて、ひねくれているからロックする。ーーそれがロックバンドの本当の基準である。
 元祖バンドブームが訪れた80年代後半からシーンを斜め目線で笑い飛ばし、アホなフリして高度なセンスでスカやパンクをミクスチャーさせていたレピッシュは、圧倒的にかっこよかった。あの頃の日本のロックは、次の一手を親切に見せるものが多かったけど、レピッシュはそれを絶対に見せずに、空いた口が塞がらない僕らの喉に、どんどん新しいロックを突っ込んで行った。そんな彼らがふざけながらもチャートも占めていったのは、そこにロックバンドの夢があったからである。
 そんな知的不良バンド、レピッシュも今年で25周年。カリスマキーボーディスト上田現の死など、すべてが上手くここまで来たわけでは全然ないが、だからこそ今の彼らが鳴らす音は、本当の「LIVE」だ。素晴らしい対バンツアーを前に、この25年間が何だったのかを赤裸々に語ってもらった。

取材・文=鹿野 淳 構成=柴 那典

レピッシュというバンドに、自分達の手を離れてるくらいの存在感がある

――何よりも、まずは25周年、おめでとうございます。

杉本  
恭一  
ははは、ありがとうございます。

――決して順調なことばかりではなく、いろんなことがあった25年間だと思います。振り返ってどうでしょうか?

杉本  
そうだなあ、パッと出てくる言葉はないですけれど、とても大きなものですね。レピッシュというバンドに、自分達の手を離れてるくらいの存在感がある。自分たちのものという感じではなくなっているというか。

――ファンの思いも含めて、レピッシュが特別なものになっているわけですよね。それはいつぐらいからでしょう?

杉本  
やっぱり、一番そういうことを思ったのは20周年ですね。現ちゃん(上田現)の病気のこともあって、あの年のことがすごく大きくて、今に繋がってると思います。

――MAGUMIさんはどうでしょう?

MAGUMI
25年続けられたというのは、ミュージシャンとしてはラッキーだったと思います。ミュージシャンやってなかったらもうちょっと金持ちだったと思いますけどね(笑)。

――(笑)。じゃあ、まずはここに至るまでのバンドのヒストリーを振り返っていただければと思うんですけれども。80年代中期に結成されましたよね。実は、明治大学で練習してるのを拝見したことがありまして。

杉本  
そうなんですか。

――あの当時、自分達で組んだバンドをどういうものにしたいと考えてました?

杉本  
あの頃は漠然としてましたね。どうやったらプロになれるのか、どうやれば音楽でメシが食えるかという話をしていたくらいで。
MAGUMI
バンドの初期衝動が詰まっていたとは思います。リハーサルに行くのが楽しみでしょうがなかった。メンバーの中でアイディアマンが何人か出てくる中、みんなが化けていったというのをあの時代は感じてました。

――皆さんキャラクターが強いバンドだったわけですけれど、そういうものを目指していたんでしょうか?

MAGUMI
自然でした。
杉本  
やっぱり、若いですし、変な人間、危ないものが大好きで。自然にそっちに向かっていたというか。それが楽しかったですね。そういう中で、感覚が合うのが現ちゃんであり、雪好であり、tatsuだったという。
MAGUMI
情報が少なかったのもよかった気がしますね。イマジネーションだけでやってたんで。今みたいにすぐに映像が見れるよりも、イマジネーションが働く気がする。ピストルズを最初に聴いた時に「この人達、空でも飛んでるんじゃないか?」って思いましたからね。情報を欲しくてしょうがない人たちが一杯いた。

好きなものを吸収して作ったら、自然とミクスチャーになった

――日本のミクスチャーロックのパイオニアになっていたのがレピッシュだと思うんですけれども。ああいう闇鍋のような雑種のロックが日本になかった中で、そういう誰もやっていないことをやろうと実際に考えていたんでしょうか?

MAGUMI
ニューウェーブの存在がデカかったですね。ニューウェーブって、ジャンルじゃなくて、「人がやってないことをやるのが一番格好いい」というものだから。人を出し抜くのがニューウェーブの本質だと思う。で、その頃はサルサみたいなのもインダストリアルみたいなものも、ごちゃ混ぜに聴いてたし、全部好きだったから。好きなものを吸収して作ったら、自然とミクスチャーになったんですよね。それが面白かったという。

LÄ-PPISCH

'84年 新宿ACBを中心に活動していたテクノ・バンドとパンク・バンドが合体、LӒ-PPISCHを結成。

都内ライヴハウスを中心に活動を始め、L.A.のミクスチャーバンド「FISHBONE」のフロントアクトを勤める等、精力的に活動。業界内で注目を集める。 '87年に『パヤパヤ』でメジャーデビュー。Ska、Rock、Punk、New Wave、FUNK等の多種に及ぶ音楽を表現し完全オリジナルなバンドとして認知される。 トッド・ラングレンによるプロデュースやMano Neguraとの共演など活動は世界に及び、各国で絶賛される。
3作目のアルバム『KARAKURI HOUSE』ではプロデューサーにトッド・ラングレンを迎え、オリコンチャート2位を記録。
このような活動から国内でも先駆者としてその後のバンドに大きな影響を与える。 また、周りからは「武道館でやろうよ」なんて言われながらも、なかなか武道館に進出せずに焦らすだけ焦らした後で武道館公演を成功させる等、 その活動には常にひねりがあり、毒と遊び心を併せ持つ活動精神は結成から常に持ちつづけている。

デビューから25年経過した現在も、乱暴と繊細、お洒落と下品など相反するものを成立させ表現するアーティスト、それが“LӒ-PPISCHらしさ”であり、ジャンルにあてはまらない、まさに唯一無二なバンドである。

http://la-ppisch.com/


【ライヴ情報】
LÄ-PPISCH 25th Anniversary
-Tug of war-

Vol.1
5月30日(水) SHIBUYA-AX
出演:LÄ-PPISCH / 東京スカパラダイスオーケストラ



Vol.2
6月1日(金) 恵比寿LIQUIDROOM
出演:LÄ-PPISCH / THE COLLECTORS



Vol.3
6月26日(火) 恵比寿LIQUIDROOM
出演:LÄ-PPISCH / the telephones


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