NEXUS特別対談 菅波栄純(THE BACK HORN)×じん(自然の敵P) 対談

とても意義ある対談になったと思う。

かたや結成15周年を迎えた日本が誇るロックバンドTHE BACK HORNのギタリスト、菅波栄純。かたやアルバム『メカクシティレコーズ』がオリコン1位、小説『カゲロウデイズ』が累計180万部を超えるベストセラーを記録し、ボカロPとして、作家、マルチクリエイターとして驚異的な活躍を見せるじん(自然の敵P)。活動のフィールドやスタイルこそ違えど、表現者として通じ合う両者の初めての邂逅となったのが、今回の対談だ。

特に、ことあるごとに自分のルーツにTHE BACK HORNを挙げ、そこからの影響を語っていたじん(自然の敵P)にとっては、今回の対面は心待ちにしていた機会だったよう。世代を超えた初期衝動について、音楽が持つエネルギーについて語り合った、深いトークになった。

取材・構成=柴那典

僕の青春の音楽は、ほぼTHE BACK HORNだった(じん)

――まず、じんさんがTHE BACK HORNに出会ったきっかけから語っていただければと思うんですが。中学の頃だったんですよね。

じん(自然の敵P)
じん
僕、中学2年生か3年生ぐらいの時まで、あまりロックバンドを聴いてなかったんですけど、最初にスペースシャワーTVでTHE BACK HORNの“奇跡”のPVを観たんですね。それで「なんだこれは?」と思って。
菅波
乙一さんのやつだ。
じん
そうです、乙一さんの『ZOO』が映画化されたときの主題歌の。僕、乙一さんもすごい好きだったんですけど、何より曲がとにかく良くて。速攻で『ヘッドフォンチルドレン』を買いにいって。住んでたのが北海道で、そこのCD屋さんがインディー盤は置いてなくて、『甦る陽』と『何処へ行く』と『風船』が手に入らず、「許さん!」と思って(笑)、その3枚は通販で手に入れました。
菅波
すげえな。
じん
そこから、『ヘッドフォンチルドレン』までのアルバムを全部聴き続けたし、全部コピーしたんですよ。地元の友達にTHE BACK HORNはヤバいぞと聴かせて「こいつはやらないと!」となって。バンド大会があったんで、そこに出場して“魚雷”と“ザクロ” “ブラックホールバースデイ”をやったんです。
菅波
その3つのセレクトもやべえな。その曲順でやりてえな。
じん
どの曲も全然上手くできなかったんですけど、それをやっていて。だから、今回のB面集のベスト“ザクロ”の新録は、本当にありがとうございます。
菅波
……嬉しいですね、そんなに言われたら(笑)。

――菅波さんは下の世代のミュージシャンからこんな風に言われたことは――。

菅波
いや、ないですね。ないない(笑)。
じん
僕の青春の音楽は、ほぼTHE BACK HORNだったんですよ。その後も実はコピーバンドで“ピンクソーダ”とか“リムジンドライブ”とか、 “ジョーカー”とか“野生の太陽”とか、あと“夏草の揺れる丘”もやりました。特に“夏草の揺れる丘”はぐっとくるんですよ。どこもかしこも、ホントにツボで。
菅波
いや、嬉しいなぁ。いやぁ、良かったわ。やってきて良かった。

俺も好きなバンドに何かを貰った気がしたし、そう感じた人が次の人に渡そうって思うんだ(菅波)

――じんさんが高校生だったころにTHE BACK HORNがそこをツアーで訪れていて、そこが初めての出会いだったという話ですけれど。

じん
そう、その時最初に声をかけてくださったのが菅波さんだったんです。あの時は『太陽の中の生活』のツアーだったんですけど、ご自身たちで機材を搬出されているのを見て。そこでアルバムを持ってそれとなくアピールをしていたら、「観てくれたんだね。ありがとう」って言ってくださって。しかもメンバーの皆さんを集めて握手してくださって。その時に、僕は音楽をやろうと思ったんです。こういう人になろうって。あれだけ激しいライヴをやって、自分で機材を搬出して、それで「来てくれてありがとう」と直接言ってくださるっていう。それがすごくカッコ良かったんですよ。
菅波
過去の俺を褒めてやりたいです(笑)。「お前はちゃんとバンドマンとしていい仕事をした」って。常々「そういうところが一番大事だからな!」って言ってるもんで。

――じんさんにとっては、THE BACK HORNのライヴを観たことが、自分も音楽を作る側になろうと思ったひとつのきっかけになった。

じん
そうですね。本当に、そこを目指そうと思ったきっかけになりました。もちろん音楽自体は昔から人並みには聴いてたんですけど、やっぱり高校2年生の頃って、進路とか考えるじゃないですか。そういう時期にあれだけTHE BACK HORNを聴いて、衝撃を受けて。それで音楽の専門学校に行くことにして。親にも「そんだけ好きだったらやってみたらいいんじゃないか」っていうことを言ってくれて。それで、今までなんとかここまで来れてるっていう感じなんです。
菅波
ガソリンみたいなものになったんだ。
じん
そうです。自分も音楽を鳴らして、何かを届けよう、みたいに思うようになった。結局、それって自分が貰わないと理解できないじゃないですか。
菅波
すごくわかる。深いこと言ってると思うよ。ほんと、貰わないとわかんないんだよ。俺もやっぱり好きなバンドがいて、そういうバンドに何か貰った気がしたし。そう感じた人が次の人に渡そうって思うんだ。

「これ、俺のかわりに歌ってくれてる」って思った。そこからなんです(じん)

――菅波さんにとっては、15歳とか16歳に受けた衝撃は、どんなものがきっかけでした?

菅波
直接ライヴを観たんじゃなくて、俺の場合はライヴビデオを観て衝撃受けたんだけど。やっぱり俺らの世代にとってHi-STANDARDが大きかった。なんていうか、ライヴの感じ自体、モッシュとかダイブが起きてるのも含め、こんなに狂乱してるんだって。1個下の弟がハイスタのライヴビデオを通販で買って、観た時、とにかく血がたぎったんだよね。それで俺も友達の兄ちゃんからギター買って、弟はベース買って、一緒にバンドやり始めたんだよね。歌詞も一応英詞なんだけど、ジュースのペットボトルの裏とかに書いてある英語をそのまま歌詞にしてた(笑)。ハイスタに影響受けてるから、英詞じゃねえとカッコ悪いんじゃねえか、みたいな。

――なるほど。菅波さんはその時「なんか貰った感じがした」と言われましたよね。それはどういう感覚なんでしょうか?

菅波
なんなんだろうね? 神様に「お前、この後の人生、他の人に比べたら暇だからやれよ」みたいなことを言われた気がしたんだよね(笑)。確かに、俺って勉強できねえし、運動できねえし、人付き合いもあんまりできねえ。それができる人ってみんな忙しいじゃん。俺、全部できねえし、帰宅部だし、暇かもしれねえ、みたいな(笑)。
じん
僕も近いかもしれないです。15歳頃のとき、成長期の体調の崩れか何かで熱が下がらなくなっちゃった時があったんですよ。1ヵ月以上ずっと熱が下がらなくて、原因もわからなくて、学校にも行けなくて。1ヵ月行かなかったら、学校ってほとんど別世界になっちゃうんですよね。友達の話題もわかんないし、「1ヵ月サボってて羨ましいな」みたいなこと言われるし、「仮病だったんじゃねえの?」みたいなこと言われるし。で、もう学校も辞めようかなと思って。両親にも相談したし、もうアウトだわ、って思っていて。そういうときにTHE BACK HORNを聴いたんですよね。それで学校サボって“奇跡”のPVを観て、『ヘッドフォンチルドレン』を買って、“キズナソング”を聴いたんですよ。その歌詞の、言葉一つ一つを自分の中で解釈しちゃって。「これ、俺のかわりに歌ってくれてる」って思った。そこからなんですね。こういう風になりたいって思うようになった。ほんとに勝手に受け取った感じなんですけど。
菅波
そうなんだよね。勝手に受け取るもんなんだよ。だから受け取る側の感性とか、ポテンシャルがあって。俺も一曲好きになったら、そこからめちゃめちゃメッセージを搾り取るようなところがあって。それで「よし、エネルギー満タンになった」みたいになる。それは似てるなと思う。
じん
ほんとにそれです。丁寧に一つ一つ解読して、みたいな感じじゃないんですよ。自分の中に注がれていくみたいな、そういうもので。
菅波
そう、浴びる感じだよね。
じん
そうなんです。だからほんと、『ヘッドフォンチルドレン』とか『太陽の中の生活』とか『THE BACK HORN』みたいな、紆余曲折を経て、最後にすごいところに辿りつくアルバムがすごく好きで。『ヘッドフォンチルドレン』って、“扉”から始まって、“墓石フィーバー”とか“上海狂騒曲”とかそういう怒涛を通って、“奇跡”に辿りつくっていう。で、最後に聴く“奇跡”で泣くんですよ。
菅波
一番カオスなアルバムだよね、あれ。
じん
だから、だから勝手な話なんですけど、自分でアルバムを作ることになった時も、そういう風に終わらせたいっていうのがあって。今のアルバムの作り方にも影響を受けていると思います。教えてもらってるっていうよりも僕が勝手に浴びてるっていうような感じですね。

菅波栄純(THE BACK HORN)×じん(自然の敵P)


――『ヘッドフォンチルドレン』を作ってた頃のTHE BACK HORNを、今の菅波さんの視点で振り返ると、あれはどういう時期だった?

菅波
一つ前の『イキルサイノウ』が精神的に落ちてた時期の鬱みてえなアルバムで。でも、そのツアーで、またパワーを貰ったっていう感じになって、今度は躁状態に入ってたようなアルバムなんだよね。
じん
それは感じますね。<せーので駆け抜けろ 燃え上がる摩天楼>(“上海狂騒曲”)っていう歌詞があって、熱いな、すごいなって、否が応でもこっち側のテンションも上がるみたいなアルバム。
菅波
その時期、漫画喫茶で歌詞を書くのが日課になってて。家だと全然歌詞が出てこなくて、なんかネットで暗いドロドロしたサイトとか見てたの。そういう黒いエネルギーを吸収した後に、自分の躁状態のテンションでそれを燃やして、書いてた。そういうテンションを言葉に宿すみたいにして書いてましたね。
じん
ほんと、すごいエッジの鋭さだったんですよ。で、ほんとに僕はあのアルバムを1日10回聴くみたいな時期もあって、なんかよくわからないレベルのものになっていて。音楽じゃなくなってるんですよ、僕の中では。

――ははは、すごい。

じん
もう、飽和して、融解して、違うものになってる。呼吸みたいな状態にまでなったっていう。

――ロックシーンの中では他にも同世代のバンドは多いですよね。その中で、じんさんにとってTHE BACK HORNが特別だったのはどういうところ?

じん
やっぱり、これ1本っていうものが見えなかったんですよ。他のバンドは途中でイメージの移り変わりみたいなのが見えるんですけど、THE BACK HORNは何も見えなくて。
菅波
確かに(笑)。
じん
ただ、アルバムを受け取ったら、尋常じゃないぐらいパワフルなんですよ。音が発してるエネルギーみたいなものをこの盤に押しとどめた、みたいなところが大好きになって。だから1枚1枚、1曲1曲、言ってみれば1フレーズ1フレーズ取り出しても、どこからでもエネルギーがどばどば出てるみたいなイメージがあって。力を抜いてる瞬間が一切見えない。だから全然息できないんですよ。聴いてる側からしたら「うわぁ〜! 苦しい!」みたいになりながら聴くぐらいのもので。
菅波
どうしてもそういう感じになっちゃうよね。でもほんと、嬉しいなぁ。

2000年代に入ってからの日本の本当のローカルミュージックは、ボカロとかアニソンだった(菅波)

――菅波さんは最近、ボカロやアニソンまで、いろんな音楽を幅広く聴いているんですよね。これはいつぐらいから?

菅波栄純(THE BACK HORN)
菅波
一気に広がったのが、ここ2、3年ぐらいかな。なんていうか、それまでリスナーとしての自分を置き去りにしてきたところがあったんです。自分と音楽の関係として、ミュージシャンというペルソナのもとで無我夢中でやり続けていて。で、「いや、待て待て」と思って。俺が自分ひとりで歌詞だけ書いてた時期とか、鼻歌で歌ってテープレコーダーに録ってた中学生の頃、そういうのを思い出すと、恐れ多くも自分が聴きたいのがこの世にない、だから作る、みたいなのでやってたわけで。リスナーの俺に1回戻ろうって、回帰運動があったんですよ。とにかく音楽を聴くのに時間を割こうって。

――そこで、どういう風に広がっていったんですか?

菅波
それで、単純に、リスナーの俺が取り残された2000年代を取り戻さなきゃいけないっていうことで、まずは1998年ぐらいに戻って。そのへんから、その年に出たUK、USインディーとかオルタナティブのものとかを1年ごとに調べて聴きだして。それを10年以上聴いて「あぁ、やっと今年になった」って思って。そうして海外の動向はクリアになったけど「あれ? 日本の動向ってどうなってるの?」って思って。そうすると、俺が追ってなかった空白の時間の中に、ボカロっていう動きがあったんだとか、アニソンって今こういう風になってるんだって聴いて。もちろん日本のロックにもインディーってあるし、それはそれでカッコいいんだけど、そうじゃなくて、日本ならではの――。

――ローカルミュージックみたいなこと?

菅波
そう。日本の本当のローカルミュージックは、ボカロとかアニソンじゃんっていう時代が、2000年代入ってから始まってたことに恥ずかしながら気付き、焦ったんだけど、それを全部聴いて、ちょっと安心したっていう。

――ロックミュージシャンで、30代で第一線でやってる人間で、それをちゃんとやり直せる人ってなかなかいないですよ。

菅波
でも、ほんと、やり直して良かったね。若手のバンドとかもYouTubeで調べて聴くようになったし、ネット上にしか音源を上げてない人も聴くようにして。そういうのと並行して、松岡正剛さんっていう人の本を読んだんですよ。その人が大きな意味での「編集」っていうことを言っていて。いわゆるエディティングっていうのは、パーツを合わせて音楽を作っていくのもそうだし、スポーツの試合を作っていくのもそうだし。それをもとにして編集工学っていうのを打ち出してやってる人がいて。その人を好きになったんです。

――『知の編集工学』ですね。

菅波
そう。そこから、今度は編集的な音楽観みたいなものを考え出したんです。音楽はエモーションの塊なんだ、エネルギーの塊なんだっていう一点で突っ走ってきたTHE BACK HORNの歴史に、もう一つ、音楽も編集なんだっていう視点を持ってきたら閉じたものにならないんじゃないかなと思い始めて。それで、音楽だけじゃなくて映像の動きも調べるようになって。例えばボカロにしても、繋がり方が面白いんだよね。もともとシンセの歴史があって、言葉を歌わせられるっていうボカロが生まれて、今度はボカロで作った曲を人間が歌ってみるっていう。
じん
すごいですよね。
菅波
うん。それは俺の中では編集的にいろんなものがうごめいてくる、一種の流れだと思うわけ。そういうのを見るようになって、やっとクリアにいろいろわかってきた。そうなるとボカロシーンって一筋縄じゃいかねえ、って思い始めて。

表現って、アメーバみたいな、細胞の繋がりみたいなもんだと思うようになってきた(菅波)

――菅波さんが今語ったようなことは、じんさんはむしろ現場で知ってることなんですよね。

じん
そうですね。

――そのシーンの現場にいる人として、菅波さんの見立てはどうですか?

じん
ボーカロイドの中にはジャンルが尋常じゃないぐらい多くあって。ロックもあればポップスもあって、エレクトロもあれば演歌もあるし、R&Bもヒップホップもあるしっていう。そこに、動画とか、キャラクター的なアイコンの意味合いが絡み合って、しかもボーカロイドの楽曲を人間が歌ったり、踊ったり、それがミュージカルになったり、さらに別のメディアになったり。とんでもない圧縮感と密度があるんですよね。だから外側からこんな風に見れる人がいるんだっていう衝撃があります。でも確かに言われてみれば、ほんとにそういう順番だよなっていうのもあって。
菅波
俺は、そういう構造体みたいなところに入っていくのがすごく好きになったの。ここ何年かで。

――新しいカルチャーに自分も繋がりたいと思うようになった。

菅波
そう。で、シンプルに今も、こうやってじんくんと初めて会って、話しているうちに、メキメキメキと両方から触手が伸び、絡み合って、何かよくわからないものを編集して作り出して、最終的にそれがテキストになって、それを読んだ人の脳内の何かとまた接触する。表現って、そういう、アメーバみたいな、細胞の繋がりみたいな感じだと思うようになってきたんだよね。

――なるほど。

菅波
で、ボカロで作ってる人は声に人格は宿るのかっていうところの一つの実験をしているみたいな気がしていて。俺はそのことを知りたいなって思うんだけど。実験って言うと現場でやってる人に失礼な言い方になっちゃうかもしれないけど。
じん
いえ、とんでもないです。

――これに関してはどうですか?

じん
まさに実験的な意味で、ツールを研ぎ澄ませていく感覚はありますね。例えば刀を研いで鉄を切ってやろう、みたいな感覚というか。「バーナーとか熱線を使えば鉄だって切れるよ」って言ってるのを、ずっと「刀を研ぐよ」って言ってやっているボーカロイドクリエイターの方もいるんですよ。人間に近づかせてやろう、それで相手の心を突き刺してやろうっていう人ももちろんいますし。何かの意味をフィクションに宿そうっていう人もいますし。これは人間が歌ってないんだよっていう前提で、でもこういう声が出てきちゃうっていう虚無感だったり、また人間がそれを作ってしまってること自体に意味を見出してる方もいますし。たぶんそういった面で、いろんな意味で人格が声に宿ってるんだと思います。

――ボカロって登場してからもう6年経っていて、その短い間にかなり歴史の積み重ねができてきてるんですよね。

じん
そうですね。僕は発表し始めてからまだ2年ぐらいしか経ってないですけれど。

――これは僕の見立てなんですけど、2007年にまず初音ミクが出てきた時は、やっぱりミクっていうキャラクターが前面に立っていた。そこからsupercellのryoさんとか、livetuneのkzさんみたいな、曲の作り手として非常に才能を持った人が出てきて、ボカロPという人に焦点が当たるようになった。そこから、米津玄師さんのように、自分の個性をボーカロイドっていうツールを使うことで発揮していくようになった人が出てきた。で、じんさんのアプローチというのは、ボーカロイドをキャラクターじゃなくて、単なる舞台装置みたいにして使っているような感じだと思うんです。

じん
そうですね。僕としては、ほんとに「メロディ活字」だと思ってる節がありますね。例えば最初にボーカロイドを始めようと思ったのも、もともと僕はバンドをやりたかったんですよ。東京に来ることが決まったのも就職がきっかけで、バンドが解散してしまって、音楽としての活動がまったくないっていう状態で。でも一人でインストを作る気もなくて、歌モノをやりたいっていう時に知り合いがボーカロイドを使っていて。これは面白いと思って。その時にバーって。
菅波
バーって出た?
じん
出ましたね。初めてギター見た時みたいな感じですね。あ、これを使ったらこれができるじゃん、みたいな。今はこうやって説明できるんですけど、その時はよくわかってもいなかったんです。乙一先生の小説もTHE BACK HORNと同時期ぐらいから読ませていただいていて、あのあたりから物語を作ってみたいなっていう風に思ったりもしていたんですけど。で、本を読むと俺いつも思うんですけど、本の弱点って、受動的じゃないんですよね。能動的作業でめくっていって理解をしていく。それが楽しみの一つでもあると思うんですけど、音楽ってめちゃくちゃ受動的なんですよ。
菅波
浴びれるみたいな?
じん
そう、浴びるんです。そういうものだと思ってて。で、それに言葉として何か付加価値を乗せるのを、僕の意見じゃなくて、人格でもないところで、事象だけに絞ったようなト書きみたいなことをまとめあげるとしたら、ボーカロイドって最適なんじゃないかなって。だから、僕の曲を人間が歌う時って、僕はいまだに違和感を覚えることがあるんですよね。人格、感情がやっぱり邪魔する瞬間がすごい多い気がします。

THE BACK HORN

山田将司(Vo)
菅波栄純(G)
岡峰光舟(B)
松田晋二(Dr)

1998年結成。結成当初より“生と死”の世界観を持った楽曲を奏で続けており、“KYO-MEI”という言葉をテーマに、聴く人の“心をふるわせる音楽を届けていく”というバンドの意思を掲げている。2001年シングル「サニー」をメジャーリリース。近年のロックフェスティバルでは欠かせないライブバンドとしての地位を確立し、スペインや台湾ロックフェスティバルへの参加を皮切りに10数カ国で作品をリリースし海外にも進出。
黒沢清監督映画『アカルイミライ』主題歌「未来」をはじめ、紀里谷和明監督映画『CASSHERN』挿入歌「レクイエム」、MBS・TBS系『機動戦士ガンダム00』主題歌「罠」、2010年8月には、30年振りの新作ガンダム映画の主題歌を務めるなど、そのオリジナリティー溢れる楽曲の世界観から映像作品/クリエーターとのコラボレーションも多数。
2012年、激動の一年を経て出来上がった全身全霊のアルバム『リヴスコール』を発表。収録曲で、東日本大震災後に緊急配信した楽曲「世界中に花束を」は、収益金全額が震災復興の義援金として寄付されている。結成15周年を迎えた2013年、二度目の日本武道館公演を成功させ、ライブCD&DVDを2月、3月に連続リリース。9月18日には通算21枚目となるニューシングル『バトルイマ』ならびにキャリア初のB面集『B-SIDE THE BACK HORN』をリリース。

thebackhorn.com


New Single『バトルイマ』

2013年9月18日(水)発売
VIZL-578(CD+DVD、15,000枚生産限定盤) / 1,500円(税込)

[ CD ]
01. バトルイマ
02. 雨に打たれて風に吹かれて

[ DVD ]
01. ピンクソーダ
02. カラス
03. 冬のミルク
04. 魚雷
05. 雨乞い
06. 怪しき雲ゆき
07. 晩秋
08. 何処へ行く


B面集『B-SIDE THE BACK HORN』

2013年9月18日(水)同時発売
VICL-64064〜5(2CD) / 3,000円(税込)

[ CD ]
・DISC-1
01. 異国の空<New Recording>(1st Sg 『サニー』)
02. サイレン(3rd Sg 『世界樹の下で』)
03. ガーデン(4th Sg 『涙がこぼれたら』)
04. 青空(5th Sg 『未来』)
05. 楽園(6th Sg 『光の結晶』)
06. 思春歌(7th Sg 『生命線』)
07. 針の雨(8th Sg 『夢の花』)
08. 白い日記帳(9th Sg 『コバルトブルー』)
09. カラビンカ(9th Sg 『コバルトブルー』)
10. 夜空(10th Sg 『キズナソング』)
11. フラッシュバック(11th Sg 『ブラックホールバースデイ』)
12. ハッピーエンドに憧れて(12th Sg 『初めての呼吸で』)
13. 番茶に梅干し(12th Sg 『初めての呼吸で』)
14. 天国への翼(13th Sg 『カオスダイバー』)

<Bonus Track>
15. ザクロ<New Recording>(Indies Sg 『風船』)
16. 桜雪<New Recording>(Indies Sg 『風船』)
17. 何もない世界(Compilation Al 『極東最前線2』)

・DISC-2
01. カウントダウン(13th Sg 『カオスダイバー』)
02. 果てしない物語(14th Sg 『声』)
03. イカロスの空(14th Sg 『声』)
04. 共鳴(15th Sg 『美しい名前』)
05. 真冬の光(16th Sg 『罠』)
06. 水芭蕉(16th Sg 『罠』)
07. 赤い靴(17th Sg 『覚醒』)
08. 神の悪戯(18th Sg 『戦う君よ』)
09. パラノイア(18th Sg 『戦う君よ』)
10. 栄華なる幻想(18th Sg 『戦う君よ』)
11. 真夜中のライオン(19th Sg 『閉ざされた世界』)
12. 警鐘(19th Sg 『閉ざされた世界』)
13. 一つの光(20th Sg 『シリウス』)
14. クリオネ(20th Sg 『シリウス』)
15. 舞い上がれ(20th Sg 『シリウス』)

<Bonus Track>
16. 砂の旅人(Compilation Al 『スペースシャワー列伝 〜宴〜』)
17. コオロギのバイオリン(Book&CD 『生と死と詞』)

[ ツアー情報 ]
「KYO-MEIワンマンツアー」
〜アナザーワールドエクスプレス〜

10月02日(水) 横浜BLITZ
10月04日(金) なんばHatch
10月06日(日) 広島クラブクアトロ
10月09日(水) 仙台Rensa
10月11日(金) 札幌ペニーレーン24
10月18日(金) 名古屋CLUB DIAMOND HALL
10月20日(日) 福岡DRUM LOGOS
10月22日(火) 高松DIME
10月25日(金) 新潟LOTS
10月31日(木) Zepp Tokyo

じん(自然の敵P)

1990年10月20日生まれ(22 歳)北海道利尻島出身。
作詞・作曲家、小説家、マルチクリエイターとしして活動。

キーボーディストの叔父の影響を受け、6歳からキーボードを始める。
「THE BACK HORN」などのバンドや作曲家の神前 暁氏から影響を受け、楽曲に盛り込む世界観・ストーリー感とその作曲センスで絶大な支持を得ている。

2011年よりニコニコ動画で動画投稿を始め、歌詞のストーリーがリンクした楽曲群「カゲロウプロジェクト」が関連動画再生数が2000万再生を超える等、爆発的なヒットになる。
2012年4月に発売された「IA/01-BIRTH-」では、収録曲である「日本橋高架下R計画」を細金 卓矢氏制作のアニメーションPVに提供し、アニメーションPVと共に国内外共に高く評価される。

2012年5月に待望ファーストアルバム「メカクシティデイズ」が発売されオリコンウィークリー初登場6位を記録、続くファーストシングル「チルドレンレコード」はオリコンウィークリー初登場3位を記録し「第27回日本ゴールドディスク 大賞」べスト5ニュー・アーティストを受賞。
そして、2013年5月29日に発売されたセカンドアルバム「メカクシティレコーズ」はオリコンウィークリー初登場1位を獲得を記録。

更に自身執筆の「カゲロウデイズ-in a daze-」が発売され続刊「カゲロウデイズII -a headphone actor-」、「カゲロウデイズIII -the children reason-」合わせ累計120万部を突破。
また、月刊少年コミックジーンにて漫画版「カゲロウデイズ」の連載がスタートする等、数々の記録を打ち立てる。

ia-project.net/artist/jin/
mekakushidan.com



『メカクシティレコーズ』

発売日:2013年5月29日
レーベル:ソニーミュージック・ダイレクト
CD+DVD スペシャルボックス仕様
MHCL-2278〜2280 3,885円(税込)
CD|MHCL-2281 3,045円(税込)

[ CD ]
01. サマーエンドロール (Instrumental)
02. チルドレンレコード (Re Ver.)
03. 夜咄ディセイブ
04. 少年ブレイヴ
05. 夕景イエスタデイ
06. 群青レイン (Re Ver.)
07. アウターサイエンス
08. オツキミリサイタル
09. ロスタイムメモリー
10. アヤノの幸福理論
11. マリーの架空世界
12. クライングプロローグ (Instrumental)
13. サマータイムレコード

[詳細サイト]

インタヴューArchives