第5回目担当、業界歴42年になる菊地哲榮(キクチアキヒデ)です。現在64才。
以下、プロフィールです。
1946年、北海道函館出身。早稲田大学理工学部電気通信学科及び体育局応援部卒業後、1968年、渡辺プロダクション入社、ザ・タイガース、沢田研二、木の実ナナ、天地真理などのマネージメント担当。独立後、松任谷由実、アリス、渡辺美里、佐野元春、MR.CHILDREN、ケツメイシ、森山直太朗、アクアタイムス、フランプール、AKB48などコンサートの企画制作会社ハンズオン・エンタテインメント代表取締役社長。2000年さいたまスーパーアリーナこけら落とし「NINAGAWA 火の鳥」(演出:蜷川幸雄)、第19回福岡国民文化祭2004(演出:横内謙介)、2007年7月1日千葉市美浜文化ホールこけら落とし「美浜に吹く風」等を「扉座」主宰横内謙介氏と連携し、プロデュース担当。(以上)
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さて、40年前からの話になります、生まれてない方もいると思いますが、アーティスト名などに注釈はつけませんので興味や疑問がありましたら、自らネットで調べてください。
さあ、私の『現在・過去・未来』をとおして、何か今後の音楽ビジネス、音楽業界発展のためにお役に立てたらと思いまして、徒然なるままに書き連ねました。
◎現在:私の信条「来る者は拒まず」
現在、「来る者は拒まず」を信条にしてます。心を寄せて近づいて来る者は、どんな者でも受け入れるという意。(辞書から)それで時間の許す限り、人と出会い、来る仕事は、受ける。頼まれ事はまず、受けてみる。頭から断らない!CHALLENGE!
そもそも、人生は迷い続け、間違い続ける・・・という風に最初から人生を達観していたら、何も迷いはおこらないのですが。
何故、今まで自分は、来る者をああだこうだと選んできたのか?それは、損か得か!メリットかデメリット!幸か不幸か!・・・・・を小さな自分の中で、その時の価値観・境地、で判断していただけなんだと。
幸か不幸か?・・・禍福というと、中国の諺「人間万事塞翁が馬」を思い出します。
中国の北の方に占い上手な老人が住んでいました。
さらに北には胡(こ)という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。
ある時、その老人の馬が北の胡の国の方角に逃げていってしまいました。
この辺の北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は気の毒がって老人をなぐさめました。
ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。「このことが幸福にならないとも限らないよ。」
そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて帰ってきました。
そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言いました。「このことが災いにならないとも限らないよ。」しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。
近所の人たちがかわいそうに思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。「このことが幸福にならないとも限らないよ。」1年が経ったころ胡の異民族たちが城塞に襲撃してきました。
城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。
そして、何とか胡人から守ることができましたが、その多くはその戦争で死んでしまいました。
しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。
「城塞に住む老人の馬がもたらした運命は、福から禍(わざわい)へ、また禍から福へと人生に変化をもたらした。まったく禍福というのは予測できないものである。」
というお話。
損得も同じ。一喜一憂していては、物事の本質が見えなくなって、目的達成は出来なくなる。
そんな訳で、現在、経営者として〜(株)ハンズオン・エンタテインメント代表取締役。講師として〜早稲田大学校歌研究会座長、早稲田大学メディアネットワーク非常勤講師。指定管理として〜千葉市美浜文化ホール芸術監督。業界団体活動として〜(社)音楽制作者連盟常務理事。最近の動き・仕事〜千葉市4館(千葉市市民会館・千葉市文化センター・若葉文化ホール・美浜文化ホール)指定管理応募の為の提案書作成。広島文化交流会館(旧・広島厚生年金会館)の指定管理者。パチンコ「CR天下夢想」へのルナシー楽曲使用コーディネート。マクドナルド主催「KIDS JAZZイベント」のプロデュース。AKB48〜『チームOGI 祭りat AX』ライブ&ODS。千葉市新人文化賞受賞者のステージ『美しき浜辺の妖精たち』のプロデュース。匝瑳市栢田のハンズファーム(約500坪)での収穫野菜を薬物更生施設ダルクに贈る。その他・・・・等々、今まさに「来る者は拒まず」状態。
◎ 過去:「業界の先輩達に感謝」渡辺晋社長と永島達司会長
先日の夜(10月28日)渡辺プロダクション・渡辺美佐会長、エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ(株)・代表取締役会長稲垣博司、アミューズ・大里洋吉最高顧問の4人で会長を囲む会食の場がありました。当然、渡辺晋社長のお話、往時の飛ぶ鳥を落とす勢いの渡辺プロの話。私が在籍していた10年間(‘68〜’78)、1年365日、52週間のオリコンベストテンに渡辺プロのアーティストが必ず複数ランクイン。テレビ局の音楽番組プロデューサー、レコード会社のディレクター、映画会社のプロデューサー、広告代理店の取締役が多数日参。これこそ、音制連が向かうビジョン『プロダクション・イニシアチブ』そのもの!美佐会長が大里と私をヨーロッパのパリ・ロンドン・ハンブルグに引率。ロンドンでのロバート・スティッグウッド(ビージーズのプロデューサー)の大邸宅での驚き、ドッグレース場、DEEP PURPLEの映画館ライブ、ロッキーホラーショー。パリでは、ナイトクラブ「リド」「クレージーホース」中でも圧巻だったのは「アルカザール」のショー、渡辺会長はパリでも有名で司会者は「wellcome! from japan !misa watanabe!」(確かそう言った?)スポットライトの会長。大きな四角い水槽がステージ前面にせり出し、全裸?の美女がカメや魚と泳いでいる。又、美女がのった本物の馬が、デベソ舞台の中央で両足を上げて、我々の頭上でいななく!二人共、腰を抜かす程ビックリ。何と素晴らしいエンタテインメント!世界のレベルに完全にカルチャー・ショック!
さて、本題の「業界の先輩達に感謝」ですが、40年前は、芸能の興業には、暴力団・テキ屋が深く関わってました。
渡辺晋社長と永島達司会長(ビートルズを日本に招聘したプロモーター、「ポール・マッカートニーが最も信頼した日本人」)が体を張って、闇の勢力との関係を少しずつ絶ってきました。そのお陰で、綺麗に整った道を我々は現在、安心して、音楽ライブビジネスに邁進できるようになりました。時代の開拓者・冒険者たちに感謝いたします。
4年前の私の還暦パーティーの時に制作した映像を添付しますのでご覧下さい。
◎ 未来:「音楽業界の再生」
10月20日(水)読売新聞の朝刊の一面広告が目にとまりました。
『人間再生。日本再生。その挑戦と冒険をあなたから始めてみないか。』
日本も音楽業界も停滞気味、何か、活性化出来るヒントはないか?と常日頃、思案し続けている自分の目に飛び込んで来た、このキャッチコピー。
実は本の広告で、タイトルは『魂の冒険』〜答えはすべて自分の中にある〜高橋佳子著
(http://rackbee1.web.fc2.com/bouken/,http://www.sampoh.co.jp/movie/tamashii.html)
この著書を読んでみました。
哲学書であり、宗教書であり、人生の実践書である。
音楽業界再生のヒントが充満していると私は感じました。皆さんに是非、お薦めします。
とりあえず、広告の要約をかいつまんで、披露すると。
『敗色の色濃く』
昨今の日本には、暗雲がたれ込み、敗北感が漂い、日本経済は自立的な回復力を失っている。
経済においては、財政赤字は総額900兆円、国民一人あたり710万円の借金。GDP(国内総生産)では、中国に第二位を明け渡す、それを取り戻す未来は再び訪れそうにもない。ウオークマンがiPodに取って代わられ、トヨタ・ホンダがF-1から撤退し、世界シェア50%以上を誇っていた、半導体産業は著しく衰退。シンガポールの証券取引所には2008年の時点で、日本の10倍以上の外国企業が上場。アジアのハブ空港が韓国仁川(インチョン)空港に横浜・神戸港は東洋の中心的ハブ港としての役割を釜山(プサン)や上海に奪われ、世界一だった家電業界もサムソンやLGなど韓国企業に追い抜かれた。
教育においては、日本は教育機関に対する公費支出の割合は、GDP比でわずか3.4%、OECD(経済協力開発機構)加盟国中、データのある28カ国の最下位科学分野では、
ノーベル賞を授与しましたが、科学・工学系の博士号取得者数では、今世紀に入って、中国に抜かれ、アメリカの4分の1に過ぎない。
又、生活においては人々の生活は収入は目減り、老後を支えるはずの年金制度は崩壊の危機に瀕している。自殺者が12年連続で3万人を超え、孤独死は増加し、少子化も進行している状況です。明るい話題は影を潜め、問題山積。過去、経済大国と呼ばれていたことが嘘のように、我が国は元気を失っている。
『最大の危機は『冒険心』の喪失』
多くの人々が限界感を抱える。生活水準の向上は見込めない。就職も難しい。仕事では生き甲斐を求められない。安定しても停滞。自分の人生、将来に未来に希望を持てない。未来を描けない。何かを生み出せない・・・難しい。未来を想像(イメージ)が出来なければ、何かを生み出す創造(クリエート)が出来なくなり、未来はますます描け無くなってしまう。
本当の問題・危機は、希望を持てない→新たな挑戦が出来ない。→安定路線・既定路線でリスクを冒さない、壁は越えない→安定を選ぶ。安定を求め、冒険する心を失ってしまう。『冒険心の喪失』では無いでしょうか?
しかし、しかしなのです。
『二つの敗北感を乗り越えてきた日本』
私たち日本は過去の二つの大きな敗北感を乗り越えてきました。
一つは、江戸時代末期、黒船来港に象徴される圧倒的な西洋文明の力に屈し、開国を余儀なくされた時。もう一つは、第二次世界大戦で主要都市が壊滅的打撃を受け、焦土と化した敗戦の経験。
鎖国時代を生きた人々の目に映った西欧文明は、どれほど巨大で自信を失わせるに十分だったでしょうか?しかし、冒険心あふれる志士達が導いた維新の後、西欧文明を必死で吸収し、列強諸国に近づこうと富国強兵政策を進めた。そして、日清戦争、日露戦争を経て、その力を世界諸国に示しました。
そして全てを失った昭和の敗戦。焼け野原に呆然と立ちつくす人々。
しかし、そこから出発した我が国は、ベンチャー企業の冒険心、チャレンジ精神と技術力そして類い希なる勤勉さによって、見事に復興し、後に、ジャパン・アズ・ナンバーワンと形容され、先進国の一画を占めるようになりました。
認めがたかったはずの二つの敗北。しかし、我が国は、その敗北を正面から受け止め、それまでのやり方ではない生き方を選択することによって、乗り越える事が出来のです。
凋落としか思えない今の現実にも、道はあるということ。・・・・・・・・
どうぞこの後は著書『魂の冒険』を読んでみては如何でしょうか?
長い時間、お付き合い下さいまして、有り難うございました。